宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

心って? 魂って?

 謹賀新年 今年も良い年でありますように。

 「今年は」ではなく、「今年も」と思わず書いています。昨年の新型コロナ騒動を考えると、「今年は」とか「今年が」と書きたくなりますが、自然に「今年も」と書いています。「生きているだけで丸儲け」という言葉がありますが、命あることそれだけで十分という、私の中の根源的感謝の念の表出なのかもしれません。

 毎日の生活の中では、もううんざり、とか「どうしよう」とか、意識はさまざまに乱れます。目の前に課題がないとき、開放感で嬉しくて仕方ないか、心が楽しまないかどうかで、自分の心身の状態が分かります。年が明ける、という区切りの仕方は、ちょっとした心の不調を洗い流してくれるようです。

 新年早々の話題としてはどうかと思いますが、昨年の大晦日の朝に、従妹が亡くなりました。癌が全身に転移しての死でした。告別式は家族だけでするということで、親族は重ならないように、お別れをしました。あと半年と言われてから、1年9か月後の死。最期の1カ月くらいは食べられなくなっていたようですが、それまでは、少しでも食べようと頑張っていたと聞かされました。本人の無念を思います。

 昨年は、100歳を超えた伯母と伯母の娘である従姉が5月に亡くなり、そして大晦日に従妹が亡くなりました。伯母と従姉の時は、死に顔を見ることができませんでした。従妹は死化粧をした穏やかな顔を見ることができ、彼女の死を実感しました。それと同時に、生きているような顔を見ていると、命を吹き込んでいるものは何なのだろうと思います。それはどこへ行ってしまったのか。心って何だろう? 魂ってなんだろう? と思います。

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     磯崎海岸の磯前(いそさき)神社から常陸那珂港を臨んで

お正月の花(2021年に向けて)

 あっという間に、2020年が終わろうとしています。2月上旬くらいから新型コロナが頻繁に報道されるようになり、4月7日から緊急事態宣言が7都道府県(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府兵庫県、福岡県)対象に始まり、4月16日には全都道府県に拡大されました。5月6日から解除が始まり、25日は全都道府県で終了。

 現在は第3派と言われていますが、勢いは増すばかり。ワクチンの接種も外国では始まっていますが、日本では6月くらいにならないと、接種は本格化しないようです。ワクチンの副作用の問題もあり、新型コロナとの付き合いはまだまだ先が見えません。見えないものとの闘いの難しさ。気晴らしが難しいことで、人間関係にも影響が出ています。難しいです。特に旅行を趣味にする人たちにとっては、つらい時期です。

 28日にお正月の花を生けました。同じ花材ですが、作品はそれ生ぞれ。暮れのひと時、来年はコロナ収まっているかな、など話しながら、みんなで活けました。

 すぐ下が私の活けた花です。

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「ノースライト」(前・後)

 横山秀夫は「警察ドラマを書く人」の印象が強く、「ノースライト」も観るまでは、その手のサスペンスドラマと思っていました。それがノースライトを取り込んだ家を巡る話で、最初はちょっとなんだろう感が強かったです。それでも見続けたのは、主人公の一級建築士青瀬稔の、仕事での挫折とそこから自分を持ち直していく話であることに、惹かれたからでした。バブルが弾けて、設計事務所をリストラされ、妻とも別れ、方向を見失ってただ流れ作業のような仕事に身を任せていた青瀬。その彼が不思議な注文を受け、自分の中の建築士としての思いと向き合い、「作品」といえる住居を完成させることで、建築士としても人間としても、また、歩み始める。

 青瀬は依頼人吉野淘汰から「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」という依頼を受け、Y邸を完成させます。北側の浅間山が全面に見えるような大きなガラス張りの窓のある作りです。北窓は、青瀬の幼いころの経験から来ています。青瀬の父親はダムの型枠職人で、全国のダム建設現場を家族とともに渡り歩いていました。そしてどこの飯場の宿舎も北窓だった、と青瀬は記憶を呼び覚まします。自分の思いと力量のすべてを注ぎ込んだ自信作Y邸。それは『平成すまい200選』に掲載され、青瀬にとって「作品」と呼べる住宅でした。ところが1年後、Y邸には誰も住んでいないことが分かります。否、建て主家族は引っ越してくることなく姿を消していました。ブルーノ・タウトの椅子と電話機が一台残されたまま。あんなに喜んでくれていたのに‥‥。ミステリーの始まりです。ここから青瀬の吉野淘汰探しが始まります。

 青瀬の大学時代の友人で、今は青瀬の雇用主でもある岡嶋昭彦が「お前にとって一番美しいものって何だ?」と尋ねたとき、青瀬は、はっとしたように「ノースライトだ」と答えます。その岡嶋が息子一創のために残したかった作品が、パリに客死した画家藤宮春子の記念ミュージアムでした。その建設コンペに参加する権利を、岡嶋は少々強引な手を使って手に入れます。それが原因でマスコミに叩かれ、岡嶋は入院する羽目になり、誤って窓から転落死しました。

 岡嶋が好きだった藤宮春子の言葉「埋めること 足りないものを埋めること 埋めても埋めても足りないものを ただひたすら埋めること」。そして、地面に這いつくばって絵を描く藤宮の姿には鬼気迫るものがありました。思わず、藤宮春子のモデルになる人物を探してしまいました。まだ、その人物に辿り着いてはいませんが。

 コンペは辞退していましたが、岡嶋の残したデッサンをもとにコンペ案を作り、ライバルの能勢の事務所に持ち込みます。この案でメモリアルが建てられたら、岡嶋の息子一創に「お父さんが作った作品だ、と言うことを許して欲しい」という条件だけで。

 すべての謎が解けたとき、「ノースライト」の柔らかな光の差し込むY邸が、青瀬稔の家族をもう一度再生させる場として残されていました。筋自体は、それほど起伏のないものでしたが、そこに因縁関係(青瀬の父親の死に吉野の父親が絡んでいた)が織り込まれていて、少しずつその糸が解きほぐされていく感じでした。

 家を軸に置いた人間の再生の物語りだったと思います。淡々としていましたが、見ごたえありました。

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        12月22日 磯崎海岸からひたちなか港方面を眺めて

はまぎくカフェ第3回

 新型コロナの感染が止まらない昨今。多世代サロン「はまぎくカフェ」の第3回目を、迷った末に、カフェタイムを省いて行いました。不織布マスクの着用を出席者の皆さんにはお願いし、歌ってくださった山本彩子さんには、ステージに登壇していただく形になりました。ほんとは、聴いている側と同じフロアか少しだけ段差を付けたステージが望ましいのですが、今回は高いところに上がって頂きました。

 素晴らしい歌声を聞かせていただきました。プロジェクターで映し出された、それぞれの歌と関わりの在る場所やオペラの場面、チャイコフスキー銅像なども趣深く、参加してくださった方たちも満足して帰って行かれました。

 山本さんが登壇して最初に歌ったのが、ミュージカル『マイフェアレディ』のなかの「踊り明かそう」でした。オードリー・ヘプバーンの映画を思い出しながら、彩子さんの声量豊かな歌声を聞いていました。

 次の曲はチャイコフスキーの「ただ憧れを知る人のみが」、続いてドナウディの「ああ、愛する人の」でした。「ただ憧れを知る人のみが」の原詩はゲーテです。『ウィルヘルムマイスターの修業時代』の中に出てくるミニヨンという少女が歌う詩の一つだとか。『ウィルヘルムマイスターの修業時代』を少年少女用の簡易版で読んだことを思い出しました。内容は、覚えていませんが。でもこの詩は素敵です。

 「ただ憧れを知る人だけが、私の苦しみをわかってくれるのです」で始まります。ドイツ語を読んで、懐かしいと思いました。対訳なしにはもうドイツ語は読めませんが、その音の響きとかを思い出します。

 第1部最後の曲が、モーツァルトのオペラ『フィガロの結婚』「恋とはどんなものかしら」。伯爵の雑用係ケルビーノが歌う歌です。彼は、すぐに女性に恋してしまう思春期の少年です。女性のメゾ・ソプラノの人が歌うことが多いそうです。どの歌も、それぞれの文化的背景があり、それを知ると歌を聴く意味合いも変わってきます。でも、そこまで掘り下げていくのは大変なことですね。楽しみでもありますが。

 迷いに迷いながら、でもこういう時期だからこそやりたいと思い実行しました。換気や座席の配置、人数に気を付けながら、お茶タイムを止め、マスク着用の徹底での実施でした。彩子さんの歌に皆さんの身体が揺れているのを見、マスクを着けていても分かる集まった方たちの表情の明るさ、雰囲気の柔らかさに、スタッフ一同、嬉しく思いました。

 1月は、レクリエーションゲームと長めのカフェタイムを予定していましたが、今回は中止にしました。密にならざるを得ない企画ですし、密にならないとつまらない企画なので。

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新型コロナと家族

 12月も3分の1が過ぎようとしています。新型コロナ感染者が急増している中、コミュニケーションが制限されています。特に介護施設入居者の方々は、ご家族との面会が出来ない状況が続いています。家族との関係が立たれることのつらさ。それを目の当たりにすると、施設介護の難しさを感じてしまいます。

 一方で、家族介護に疲れて心中する家族の話もあります。家族の中だけでは介護は難しいという現状もあります。地域ぐるみで、と言っても、現在のような感染症が原因で孤立をやむなくされている状況の中では、なす術もありません。

 子どもの場合、今回のように学校に通えない状況になると、まさに家族が最後の砦になります。そして、家庭内での虐待が増えているとも言われています。風通しの良い人間関係がないと、いろいろ問題が生じてきますが、今回のような事態は、家族という人間関係をクローズアップさせます。家族の規模と言ったらいいのでしょうか。

 核家族化という、親密である程度勝手を聞き合える関係性のもろさ。かと言って、かつてのような拡大家族を望ましいと言えるのか。

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                 12月3日クリスマス飾り

生きているということ、共に生きるということ

 新型コロナ感染の勢いが収まりません。マスクと手洗いの習慣のおかげか、インフルエンザの流行は聞きませんが、寒くなっていく時期なので、先が読めません。ご近似所の方が突然亡くなり、一寸先は闇、予測が難しいのが人生だなぁと、改めて思い知らされています。86歳での逝去は、一般的には早くはないのでしょうが、お元気だっただけに知らせを聞いたときは、「寝耳に水」でした。確かに癌を患って、何度か手術をなさってはいましたが、「生涯現役」を地で行っていた方だっただけに、衝撃でした。棺にお花入れをしながら、生きている時と変わらないお顔を見て、「命って何なのだろう」と思いました。長患いされることなく旅立たれたことは、ご家族にとってせめてもの救いだと思っています。

 土曜日に北澤佑子さんのお話をオンライン中継で聞く機会がありました。北澤さんは県立守谷高校の生物の先生です。昨年11月から4か月間、教員の南極派遣プログラムで南極観測隊に同行しました。3度目の挑戦で念願の同行のチャンスを手に入れた北澤さんは、南極からオンラインで、南極の自然や隊員の生活を届ける授業をしました。生きることにいつも一生懸命で、素直に周りに感謝の気持ちを伝えることのできる人です。彼女の生きる姿勢は、5歳年下の難病を抱えた妹さんとの生活の中で培われたようです。彼女は、南極に行って「共に生きる」という思いをさらに強く持ったようです。それを「南極魂」と呼んでいました。

 生きているうちに擦り切れてしまいがちな、見知らぬ人たちへ思いをかけること。こんな言葉を衒いなく言えるまっすぐさに、素直に拍手を送ると同時に、南極という極限的状況に思いを馳せました。南極は地球の窓で、その変化によって地球全体の異変が確認できるそうです。宇宙飛行士は、宇宙に出ることで神秘的体験をする、と以前読んだ気がします。大きな「命」への畏怖の念のようなものでしょうか。そういうことを忘れて生きているのは幸せと言えば幸せなのでしょうが、時に生きていることの不思議に心打たれることも必要な気がします。どうでもいいような小さな煩いごとに振り回されている自分に、気づかされます。

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            北澤さんの「南極魂」のまとめ

『男はつらいよ』31作・32作

 Netflixからどうやって映画を見るのかを試していて、『男はつらいよ』31作目と32作目を見てしまいました。どちらも1983年の作品です。31作目は「旅と女と寅次郎」で、マドンナは都はるみ、8月6日に配給されています。『ローマの休日』が下敷きになっていると言われていますが、有名人演歌歌手の京はるみ(都はるみ)と寅さんが佐渡島を一緒に旅する話です。佐渡島の海女さんたちと、京はるみが掛け合いで「佐渡おけさ」を歌うシーンやたらい船のシーンなど、のどかな別世界に癒されていく京はるみの姿を納得できました。

 32作目「口笛を吹く寅次郎」は12月28日に公開されています。マドンナは竹下景子で、彼女は3作に出演していますが、どの役も別の人物を演じています。弟役で出演していた中井貴一のなんと若いこと。お寺の出戻りの娘朋子(竹下景子)と寅さんのしみじみとした日常が描かれ、備中高梁岡山県西部にある町)の文化の香りが郷愁を誘います。

 どの話もパターンは決まっているのですが、つい引き込まれて観てしまいます。気楽に見られる良さと、日本各地の故郷と東京の故郷、葛飾柴又帝釈天門前町に繰り広げられる日本人の「安心の文化」に見入ってしまいます。そして、寅さんの表情や語り口の上手さで、見飽きないのかもしれません。 

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              カンガルポー、バラ、赤ドラセナ

h-miya@concerto.plala.or.jp