宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

8月の花

 昨日は結構蒸し暑く、アイスクリームが美味しく感じました。今日は小雨が降っていて、半袖では寒いくらいです。明日からはまた蒸し暑さが戻りそうです。

 昨日のお花は、夏らしさを感じる器と素材での二株生けでした。お花が終わってから先生から菊の紋章の覚書をもらいました。菊の紋章というと、天皇家の紋章でもあり、パスポートの紋章でもあります。同じかなと思っていたら、パスポートの紋は十六葉一重でした。天皇家は十六葉八重表菊の形をしていて、宮家の紋は十四葉一重裏菊の形だそうです。この紋章の決定は、明治2年(1869)でした。

 歴史的には桐を使っていた天皇が多かったようです。菊を使ったのは、鎌倉時代の後鳥羽天皇。文武両道に秀でていた後鳥羽天皇は、自分で刀も打ち、柄に覆われている茎(なかご)に菊花紋を彫ったと言われます。後鳥羽天皇は上皇になってから、鎌倉幕府に討伐の軍を向け(承久の乱)、敗れて隠岐に流されました。その後を継いだ後嵯峨天皇は、最初は中立の立場を保っていましたが、やがて菊の紋章を使うことで、反幕の姿勢を表明したと言われます。

 菊の紋章に込められた後鳥羽天皇の想い。それが天皇家の紋章へと受け継がれてきたんだと感じました。

    アブライト、ケイトウ、リンドウ、デンファレ、キキョウラン、ハラン、ノバラ

「響雅」演奏を聴く

 土曜、日曜と涼しかったので今日の暑さは堪えます。明日はもっと暑い予報。まぁ、去年よりは涼しい日が多い気がしていますが。

 19日の午後、堀川保育園大ホールで和太鼓の演奏を聴きました。2022年の夏から始まった「響雅」の和太鼓演奏を聴く回が、今年で4回目になりました。一番の年長さんは22歳。とてもしっかりと、メンバーを動かしていました。今年の最年少は小学一年生。何年か後には、すっと立って体幹の美しい叩きを見せてくれるのでは、と期待しています。

 当日の演奏は龍雅で始まりました。これは最初に習う曲です。小学生だけで披露してくれました。アンコールでもこの曲が演奏されましたが、その時は15人全員での演奏で、迫力がありました。

 2番目の曲は「楽天」。この曲は、楽しんで演奏して欲しいという桜井先生の希望で作られた曲。3番目の曲は「ロンド」。4番目が「風翔(かぜかける)」。この曲は中学生にとっては新曲だそうです。でもみんなすぐ覚えてしまったと、桜井先生が言っていました。5番目に演奏されたのが「祝祭」で、中学生以上が披露してくれましたが、一人だけ小学生が混じっていました。本人がやりたいと手を挙げたそうです。

 最後に演奏された「雷神」は北関東大会のエントリー曲です。小学生だけで演奏してくれましたが、迫力があってすばらしかった。大会出場にはビデオ審査があるそうですが、それに通ったということに納得。9月13日に埼玉県鴻巣市の「クレアこうのす」で開かれる第20回東日本・北日本大会です。組太鼓ジュニアの部8団体に選ばれています。頑張ってほしいです。

 

マルクスの描き出した完全な資本主義の世界

 6日は、夜中から明け方に雨が降ったようですが、昼過ぎから陽が射してきました。でも風は涼しかったです。昨日は朝から日差しが強いかったですが、今日も同じように日差しが強く、外に出るとじりじり焼かれる感じがします。

 さてマルクスが描き出した資本主義の世界では、適正な価格で商品が売られています。「商品の価値とは、商品それ自身の内に秘めている労働量のこと」(252頁)です。ここで言われる労働量は直接の生産に関わるものだけでなく、機械を製作するのに用いられたものや他の商品にまたがってかかる総労働量も含まれます。この完全なシステムの中では、あらゆるものは最終的に労働に還元されます。機械の材料はどう考えるのかと思いました。自然物を採掘する労働は分かりますが、物自体の価値はどう考えるのでしょうか。これは、クエスチョンで残します。

 労働者と資本家が資本主義のドラマの主役です。資本家とは生産に必要な機械や設備などの生産手段を所有する者であり、労働者とは自らの労働力のみを所有し、それを販売する存在です。労働者は、彼が生存するのに必要な金銭(生存維持賃金)で賃金を要求します。一人の労働者を維持するのに必要な社会的労働時間を1日6時間の賃金だとすると、彼の「価値」はその賃金になります。剰余価値は、その賃金で、彼が一日8時間労働の契約を結ぶことで生じます。2時間分が資本家の利潤になります。この不払い労働分が「剰余価値」です。

 なぜ労働者は余分の時間を働くのか。それを資本家が望むからで、その時間だけ働かないと、仕事を得られないからです。しかし資本家も資本家同士の競争にさらされています。資本家は利潤を得ますが、これを蓄積しながら生産規模の拡大を図ります。生産規模の拡大はより多くの労働者を必要とし、労働者獲得競争の結果、労働者の賃金が上がります。逆に、剰余価値は下降傾向をもちます。そこで資本家たちは賃金の高騰に対処するため、機械を工場に導入します。しかし機械は剰余価値を生まないので、結局、剰余価値は下がっていきます。

 破産が続出し、商品価格のダンピングが行われ、小さな企業から倒産し、労働者は仕事から締め出されるので価値以下の賃金に甘んじざるを得なくなる。機械もダンピングされるので、強い資本家たちは機械を真実価値より安く手に入れ、剰余価値が再び現れ、前進が再開されます。危機が生じるたびにシステム能力の拡大が蘇生され、また危機が訪れ、大企業が小企業を吸収し、そしてついてドラマの終幕が訪れる、というのです。

 マルクスの史的唯物論が弁証法的、ということが理解できました。史的唯物論は、現実を生産関係と生産手段から捉え、それを歴史の展開にも応用します。その展開が弁証法的に分析されています。

 マルクスは剰余価値から成る世界の崩壊を描きましたが、その先にどのような未来が描けるかには言及していません。その後継が「無階級」社会であろうということしか言っていないと。

「社会主義」という過渡期には「プロレタリア独裁」が行われ、その後に「純粋」共産主義にとなるであろう、というだけである。 (263頁)

 ハイルブローナーは、現実の世界は「価値」から成り立っているのではなく、「価格」という現実の手ざわりあるものから出来上がっている、と言っています。さて、これはどういう事か。ここでマルクスは誤りを犯し、後日、後進がこれを込み入った数学を用いることで「正す」ことができたが、この誤りを指摘した批評家たちは興味を示さなかった、と述べられています。

                 6月30日の空

マルクスとエンゲルス

 7月28日の午後6時過ぎの雨は本降りでした。夜も少し降ったようです。何といっても驚かされたのが、熊本の震度7の地震です。6時過ぎにテレビを付けたら、このニューㇲ一択。地震発生は16時27分ごろ。29日の朝もモーニングショーで取り上げられていました。

 29日は陽も射していて、28日までの数日間に比べ暑くなっています。しばらくは暑さがまた続く予報でしたが、8月になって暑さが落ち着いています。昨日はちょっと不気味な涼しさでした。

 『入門経済思想史』の第6章の登場人物は、カール・マルクス(1818-1883)とフリードリッヒ・エンゲルス(1820-1895)です。二人ともプロイセンの出身。人物像や家庭環境にも焦点を当てていて、読んでいて面白いです。二人の共同作業は、1844年にパリでの2回目の出会い以降に始まりました。24歳のエンゲルスと26歳のマルクスの邂逅が生み出していく成果の大きさに、改めて注意を呼び覚まされました。これまで、エンゲルスは単にマルクスの協力者くらいに捉えていたので。

 そしてずっと引っかかっていたことが、マルクスが資本主義は必然的に共産主義に移行すると言い切ったのはなぜか、ということです。歴史の事例に対して、どうしてそういう事が言えるのか不思議でした。

  1848年に『共産党宣言』が出されています。この年は、2月革命から始まり、ウィーン体制崩壊へと至った時代です。ここでマルクスとエンゲルスが見たのは、資本主義経済の基盤である工業生産と、上部構造の私有財産制の衝突だったと言います。工業生産は相互依存のプロセスであり、私有財産という個人主義的なものと激突するということです。ここから、資本主義は遅かれ早かれ自滅し、大工場の中で生み出されたプロレタリアートに道を譲っていく、というシナリオでした。

 マルクスの専門はまずは哲学でした。そして彼が目標としたのは、「資本主義システムに固有の傾向と、そこに内在する運動法則を発見することだった」(251頁)というのです。そうするとき、「彼は想像しうる限りで最も厳密にして純粋な資本主義を構成」したというのです。彼の思考法を納得しました。内容はまだまだ分かりませんが。

その上でこの磨きのかかった抽象的システムの中に、すなわち実生活上のすべての明白な欠陥を除去した想像上の資本主義の内に、彼の獲物を求めたのである。なぜならば、もしもすべてのありうべき資本主義の中で最善のものでさえ、不幸に向かって突き進んでいるにすぎないということが証明できれば、現実の資本主義は同じ経路を、もっと速く突っ走っているだけだと説明することが容易くなるからである。(251頁)

 ただマルクスは、社会的・政治的な文化の役割に配慮し損ねた(273頁)と言われています。この辺りも納得します。

   秋田県発祥のカフェオウザンのラスク。開けた瞬間にお茶会をしたいと思わせるものです。

近代経済学の変質:市場観と経済主体の多様性

  昨日は風が強く、晴れていましたが部屋の中にいると東風が涼しすぎるくらいでした。半袖で座っていると寒いくらいでした。今日は曇りがちでしたが、午後は陽が射す時間がありました。雨は夜になって降ってきました。雨の後は涼しくなりました。

 ハイルブローナー『入門経済思想史 世俗の思想家たち』の第4章「マルサスとリカードの陰鬱な予感」と第5章「ユートピア社会主義者たちの夢」はあまり馴染みのない名前の人ばかりで、読んでも記憶に残りませんでした。唯一第5章の最後でジョン・スチュアート・ミルが出て来て、そうか彼は経済学者でもあったんだと思い出した次第。ミルの『自由論』は何度も読み返し、自由について理解を深めてくれた本でした。しかし彼は、『論理学体系』や『経済学原理』も表わしていて、思想家としては守備範囲の広い人でした。

 ミルの立場は穏健な社会主義で、イギリスの経済的展開はミルの路線を行っていると言われます。彼は、リカードの正当な後継者と言われ、アダム・スミスと比べても遜色ないとされたようです。第4章と第5章の扱っている世界は、もう少し読み進める中で具体的な像を結んで来るのかもしれません。

 第6章は「マルクスが描き出した冷酷な体制」です。森嶋通夫さんは『思想としての近代経済学』(岩波新書)の序章で、マルクスをリカードの後継者と書いています。リカードはマルクスとワルラスという二人の偉大な後継者がいて、近代経済学学派が継承しているのはワルラスに始まる学風だと。

 ただしマルクスとワルラスは原初に戻ると酷似している、と言います。例えばその市場観。二人とも「売りたい売り手は安売りする」という中近東型市場観を掲げていて、経済学は長い間この市場観に立って競争機構を分析してきたと言われています。

 しかし、現実の経済には、信用を重視する価格固定的な市場が存在し、近代経済学は、1960年代後半からこの市場に注目するようになり、市場は一様ではなくなったと言うのです。また経済主体の多様性もあります。企業者と資本家、工場労働者と事務労働者のそれぞれの違い。例えば、事務労働者は経済学が想定している単なる快楽主義者ではなく、「出世主義者」であり、効用極大、利潤極大の行動だけが合理的行動ではないことを示している、と言われています。

 経済学の想定する人間像に違和感を持っていましたが、「倫理的要素や社会的勢力関係を無視して労働市場を論じることは間違いである」(7頁)という森嶋さんの見解に強く同意します。

7月の花:グリーントリフ(てまり草)、ヒペリカム、宿根チース、パニカム、フトイ、向日葵、ヤツデ

食糧危機の時代の到来

 15日の二平さんの話は、日本の食料自給率の低さから、日本の食料産業である農業や漁業を守り、地域を守る大切さの訴えで終わりました。世界全体では人口増・気候変動・紛争で、食糧不足の時代が来ると言われています。

 日本の食料自給率の低さは、この頃よく言われます。2022年度現在で、日本の食料自給率は、38%。1965年度には73%あったものが、輸入依存に変わってしまいました。食生活の変化や第1次産業の担い手不足など複合的要因があります。しかし、このままでは、一旦何かあった時に、お金があっても食べ物を買えない、ということになります。2011年の東日本大震災を思い出しました。あの時は、国内のほかの地域からの物資の輸送再開で何とかなりましたが、地球規模での災害が多発している現在、基本の食料はやはり国内で自給しないと危ないと思います。

 先進国と言われる国々は、基幹産業を製造業やサービス業に置いています。農業や漁業のような第1次産業は、2次産業や3次産業に比べて収益性が低く、それが後継者不足の大きな要因となっています。しかし、第1次産業は生活の基盤であり、国の基盤でもあります。

 海に囲まれている日本の国境を守っているのは、魚業者だという話が出ました。遭難者を助けるのも海上保安隊だけではとても無理だし、他の国の船の情報も漁業者から上がってくる、その意味では警備の重要な一翼を担っていると言うのです。そうだなぁと思いました。ヨーロッパなどの国境地帯の農業者は国境線の重要な守り手で、そこに補助金が注ぎ込まれることを、国民も当たり前だと受け止めている、と言うのです。

 農業や漁業は食糧生産の基盤であると同時に、国の守りの基盤でもある、と。それを単に収益性の観点からのみ評価して、補助金出し過ぎだと批判するマスコミの対応には問題がある、と。今もマスコミの対応がそうかどうかは、チェックしていませんが、1次産業の重要性に関しては、もっと私たちも自覚していく必要があると感じました。

               2026年7月18日撮影

魚を食べると脳が活性化する?

 連日の暑さにぐったりしています。先週の13日は雨が結構激しく降りました。その後はお天気が回復して、15日は一気に暑くなりました。

 15日の「はまぎくカフェ」は「魚食で脳の活性化 健康寿命を伸ばそう」というテーマで、二平章さんの話を聞きました。DHAの健康効果は、よくテレビで宣伝されています。そうかぁ、くらいに見ていました。でも二平さんの話を聞いて、かなり納得しました。ドコサヘキサエン酸(DHA)は、人体では作りにくいので、食事からの摂取が必要です。これは不飽和脂肪酸の一種だそうです。高校化学だ、と思いました。もうちょっとちゃんと勉強しておくんだった、と今更後悔しても遅いのですが。

 化学の基本は物質を分子や原子の単位で捉えて、その構造や相互作用から物質の性質や反応を理解することだそうです。

 最近、クエン酸と重曹利用の掃除に嵌っています。きっかけは電気ポットの洗浄でクエン酸を使ったことでした。お風呂場の石鹸垢もクエン酸と重曹でお掃除するとよいと書いてあります。重曹は炭酸水素ナトリウム(NAHCO3)のことです。弱アルカリ性で粉末は研磨力があります。

 魚食の話に戻ると、DHAは老人性認知症や癌の抑制にも有効だそうです。脳が大食漢であることは以前から言われてきました。脳の約6割は脂質です。ただそのエネルギー源はグルコース(ブドウ糖)と言われてきました。現在、脂肪もエネルギー源として使われていることが分かってきていますが、その実際の働き方はまだ解明できていないようです。トランス脂肪酸を抑えて、良質の脂質を摂ることが重要なようです。

 DHAはオメガ3系の高度不飽和脂肪酸で、脳や網膜に多く含まれる必須脂肪酸です。飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の違いは、炭素結合の仕方にあります。必須脂肪酸とは体内で合成できないので、食事から摂る必要のあるものです。

 DHAは植物に含まれるα‐リノレン酸から生成されますが、人の体の中では効率よく作れません。野菜や大豆だけ食べていても、なかなかDHAには変換されません。魚にはDHAがそのまま含まれていて、魚(特に青魚)を食べることで直接取り込むことができます。

 オメガ3脂肪酸が必須脂肪酸として注目されるようになったのは、1970年代から1980年代にかけてで、摂取基準が示されたのは2000年以降です。私たちが子ども時代には栄養学的に摂取基準はありませんでした。でも、日本食の代表の魚食によって、DHA・EPAは摂取されていたようです。EPA(エイコサペンタエン酸)もオメガ3系脂肪酸の一種で、必須脂肪酸です。血液の凝固を防ぎ、悪玉コレステロール(LDL)や中性脂肪を減らす働きがあります。

 カツオ・鰹節の健康機能で病気を予防し、健康を維持していきたいですね。

 

h-miya@concerto.plala.or.jp