昨日は風が強く、晴れていましたが部屋の中にいると東風が涼しすぎるくらいでした。半袖で座っていると寒いくらいでした。今日は曇りがちでしたが、午後は陽が射す時間がありました。雨は夜になって降ってきました。雨の後は涼しくなりました。
ハイルブローナー『入門経済思想史 世俗の思想家たち』の第4章「マルサスとリカードの陰鬱な予感」と第5章「ユートピア社会主義者たちの夢」はあまり馴染みのない名前の人ばかりで、読んでも記憶に残りませんでした。唯一第5章の最後でジョン・スチュアート・ミルが出て来て、そうか彼は経済学者でもあったんだと思い出した次第。ミルの『自由論』は何度も読み返し、自由について理解を深めてくれた本でした。しかし彼は、『論理学体系』や『経済学原理』も表わしていて、思想家としては守備範囲の広い人でした。
ミルの立場は穏健な社会主義で、イギリスの経済的展開はミルの路線を行っていると言われます。彼は、リカードの正当な後継者と言われ、アダム・スミスと比べてもそん色ないとされたようです。第4章と第5章の扱っている世界は、もう少し読み進める中で具体的な像を結んで来るのかもしれません。
第6章は「マルクスが描き出した冷酷な体制」です。森嶋通夫さんは『思想としての近代経済学』(岩波新書)の序章で、マルクスをリカードの後継者と書いています。リカードはマルクスとワルラスという二人の偉大な後継者がいて、近代経済学学派が継承しているのはワルラスに始まる学風だと。
ただしマルクスとワルラスは原初に戻ると酷似している、と言います。例えばその市場観。二人とも「売りたい売り手は安売りする」という中近東型市場観を掲げていて、経済学は長い間この市場観に立って競争機構を分析してきたと言われています。
しかし、現実の経済には、信用を重視する価格固定的な市場が存在し、近代経済学は、1960年代後半からこの市場に注目するようになり、市場は一様ではなくなったと言うのです。また経済主体の多様性もあります。企業者と資本家、工場労働者と事務労働者のそれぞれの違い。例えば、事務労働者は経済学が想定している単なる快楽主義者ではなく、「出世主義者」であり、効用極大、利潤極大の行動だけが合理的行動ではないことを示している、と言われています。
経済学の想定する人間像に違和感を持っていましたが、「倫理的要素や社会的勢力関係を無視して労働市場を論じることは間違いである」(7頁)という森嶋さんの見解に強く同意します。

7月の花:グリーントリフ(てまり草)、ヒペリカム、宿根チース、パニカム、フトイ、向日葵、ヤツデ







