宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

スマホの二つの容量

 24日お昼ごろ、突然、スマホの調子が悪くなりました。ホームページが開けなくなったのです。光回線のWi-Fiルーターのインターネットのランプも消えてしまい、パソコンでもHPが開けませんでした。こちらはWi-Fiルーターの接続に問題があったようで、その後復旧出来ました。

 スマホに関しては、契約のデータ量に到達して、速度が落ちたため、HPが開かなくなったためでした。この事情は、午後、ケーズデンキのスマホ契約をした窓口に行って分かりました。この時、20日に、契約データ量が1ギガを切ったというショートメールが入っていたことも分かりました。これまでスマホでそういう経験がなかったので、最初は訳が分かりませんでした。これまでもスマホの契約データ容量は、5G程度で、余って繰り越していました。

 今回の契約量は4Gで、結局1G追加購入しました。追加分は使い切りましょうと、ネット情報。でもどのくらい使うと使いきれるのか分からず、不安もあってモバイル通信では情報量の大きいものには使わないようにしていました。現在残り0.45G。まもなく速度低下します、と出ています。今更、残りを使い切るわけにもいかず。

 本体のストレージは200GB以上残っていたし、iCloudのストレージもかなり余裕があります。家ではWi-Fi接続でスマホも使っているので、これまで容量オーバーはありませんでした。

 スマホのストレージ容量と契約容量の違いを今回知りました。どちらもGBで表すのでややこしいです。契約容量はデータ通信量のことで、インターネット通信で利用できる容量です。移動中に動画視聴するのは止めました。イヤフォンがあると、ついつい散歩しながら音楽を聞いたりしていましたが、散歩中は自然の音を聞くことに戻りました。

               青山霊園(2026.6.22撮影)

国立新美術館

 22日に東京六本木の国立新美術館を外から見ました。着いた時が閉館10分前で入場出来なかったので、外から黒川紀章さんの設計した不思議な形態の建物を見学。乃木坂駅の6番出口からは直接中に入場できます。ちょっと凄いなぁと思いながらも、そこからは入れないので、ぐるっと正面に回って建物のまわりを見学。六本木トンネルを歩いて、正面に回りましたが、結構長いトンネル。壁にペインティングしてあり、写真を撮っている人もいました。

                 2026.6.22撮影

要約すること

 今日は午後から陽が射しました。6月初めにいも苗を植えましたが、枯れてしまいました。再度、今日植え直しました。上手く育ってくれるといいのですが。

 要約と縮約の違いを考えていました。縮約は、全体的に縮めます。要約の場合は、字数にも依りますが、その文章の根っこである問いかけは省きます。幹に当たる部分だけを取り出すのが、要約と言っていい。根拠に当たる部分は枝になります。枝の部分は、要約の長さによって入れるか入れないかを判断します。

 文章を整理することや要約することは、自分の文章を分かり易くする訓練としては重要だと思います。私自身は、縮約が文章訓練では効果がありました。ただ、要約せよ、という問題に対して、どうしてもその文章の問いである根っこを書きたくなります。これは縮約の癖かもしれません。

 要約をやってみると、中心的主張を捉えることは意外に難しいことが分かります。どうしても、自分にとって意味ある部分を読み取っていて、そこが印象に残ります。著者の主張は何だったのか、と振り返ると、意外なほど読み取れていません。よく部分から入れ、と言われますが、それはまずは自分の関心から読み解けということだと思います。

 読書の基本はそこからでいいと思います。ただ、著者の主張を解釈・説明する、となるとまた別です。これは、やはり訓練がいると思います。要約は、その意味で、確かに有効な方法だと思いました。

           5月半ばにいも苗を植えた農家さんの畑

             6月初めにいも苗を植えてほぼ枯れてしまい再度挑戦

おしゃべりの花

 昨日のはまぎくカフェは、「お話ししようPartⅡ」でした。グループをくじで決めて、「ワクワク、ドキドキ、ビックリ、コマッタナァ」をテーマにした、おしゃべり会でした。皆さん、次から次へと話がつきませんでした。

 自転車の三角乗りの話にはビックリ。大人の自転車の逆三角形の部分に足を入れて乗るんだそうです。「お尻はどこに置くんですか」と聞いたら、「お尻は浮かせたままだよ」と言われまたまたビックリ。「でもどうやって練習するんですか」とあほな質問をしたら「転びながら覚えるのよ」と言われ、凄すぎると思いました。まぁ、モノのない時代、そうでしょうね。

 乾燥芋の話や繭を作って糸を取った話も出ました。いもを収穫した後埋めておいて、2月頃の食べ物がない時用に、蒸かして薄く削って干して作ったそうです。繭の話は、知り合いが繭を作った話から、昔はこの辺りでも繭を作っていたのかと聞いたら、作っていたと教えてくれました。蚕が桑を食べる音がすごかったと言っていました。

 おしゃべり会は面白いですね。単純な疑問をぶつけられますし。昨日はお天気が良く、良かったです。

                知り合いの方が育てた繭

接続詞の分類

 昨日は朝方雨が降りましたが、10時くらいから陽が射してきました。風は冷たかったです。隣の畑のさつまいもは育ってきています。うちはまだ枯れた状態。本当にちゃんと根付くのか、ちょっと心配です。今日は風はありますが、陽が射していて、久しぶりの洗濯日和。

 ところで、接続詞って難しいですね。順接・逆接という言葉は覚えていましたが、内容はうろ覚えでした。中学校文法では、6つから7つ、あるいはそれ以上に分けられています。順接、逆接、添加、並立、対比、選択、言い換え・例示、説明・補足、転換、条件等が上げられます。

 順接は、原因結果の流れで、通常の感覚で順当に話が流れている場合。「一生懸命勉強した。だから合格した」のような場合です。「だから、ので、それで、それゆえ、したがって」などです。

 逆接は、前の事柄から普通に類推される結果とは、逆の結果が後に続く場合です。「一生懸命勉強した。しかし、不合格だった」というように「しかし」に代表される接続詞です。「ところが、けれども、にもかかわらず、のに」などがあります。対立・不当などとも言われます。

 添加は前の事柄に後の事柄を付け加えます。「そして、それから、さらに」があり、これと並立「また、および」を一緒に括る場合もあります。対比は「一方、反対に、しかし」などを使います。補足は「ただし、なお、ただ」などを使って、前に言っていることに制限をかけます。

 野矢茂樹『大人のための国語ゼミ』(筑摩書房)の「きちんとつなげる」の分類法はちょっと違っていて、それで「あれ?どうだったっけ」と思って調べました。野矢さんは、大きく三つのグループに分けています。独特の分類の仕方だなぁと思います。

 第二グループに当たるのが、逆接で括っている3つの接続詞分類「対比、転換、補足」です。これは、前と後ろの関係が緩やかな相反を示しているものです。通常の逆接に当たるものを転換という言い方をしています。対立・不当にあたる接続詞「しかし、けれども、のに」等を使います。通常転換というと、「さて、ところで、では」など話題を変える接続詞を言っています。

 対比(「一方では」)は前の文と後ろの文が同じ重みです。対比には、逆接の接続詞の代表的「しかし」という接続詞も使われるので、逆接のグループという括り方になっているのかと思います。補足(「ただし、なお」)は、前に重みがあり、前の文に緩やかに相反するものを付け加えています。

 野矢さんの第三グループは「条件、譲歩条件、理由、帰結」です。この帰結が通常は順接と言われるものです。順接は、原因があり結果が順当に流れるものを結ぶ「だから、ゆえに」に代表されます。このグループの条件と帰結は、仮定の話かそうでないかの違いです。譲歩条件も「たとえ~であっても」結果は順当に流れるという話なので、同じに括られているのでしょう。

 理由とは説明(「なぜなら、というのも」)のことですが、通常は「説明・補足」で括られます。野矢さんでは補足は逆接グループ、説明はこの第三グループに入れられていますが、帰結(いわゆる順接)の反対の言い方としてるようです。原因から結果の順当な流れが順接ですが、結果を述べて原因を述べる逆<順接>ということでしょうか。

 「付加、選択、換言、例示」という第一のグループは、横に広がっていくものかなぁと思いました。付加は「そして、それから、また、および」でこれは並立・添加と言われている接続詞群。選択は「あるいは、または、それとも」、換言は言い換え(「つまり、すなわち」)で、例示は「たとえば」に代表されます。

 確かに大きくグループ分けした方が、捉えやすいという側面はあるなぁとは思いますが、分け方に色々考えてしまいました。

        吉備姫王墓に安置されたさる石。左から僧侶、男

さつま苗植え

 3日の台風は、それほどの雨風も無く通り過ぎてくれました。ただ、やはり海風は強く、草除けに敷いてある隣の土地のシートが風で剥がれて、飛んできました。

 今日も結構風が強いですが、昨日の夕方にさつま苗を植えました。マルチを敷くところまでは弟がやり、私はもらった苗を植えただけですが。

 さつまいもは、江戸中期に静岡に伝わりました。薩摩藩の御用船が遠州灘で難破し、御前崎沖で座礁したのを、村役人の大沢権衛門が助けたことへの礼として、3本のさつまいもが贈られ、その栽培法も伝授されました。この当時、さつまいもは薩摩藩の特産物で、その製法は門外不出でした。

 茨城県への干し芋の伝播にも、海難事故が関わっています。明治時代半ばに、静岡県沖で茨城の船が難破し、助けられたことがきっかけです。ここで干し芋の存在を知った照沼勘太郎が、茨城県那珂郡前渡村に帰郷して、干し芋の製造に成功しました。1895年のことです。

 海を通した交流の一つですね。さつまいもそれ自体での保存は難しく、これだけ植えるとかなりの収穫になります。それをどうするか。

積極的自由と消極的自由

 昨日あたりから、昼間は気温がかなり上昇しています。朝晩はそれほどでもないのですが。

 昨日の新聞に、長谷部恭男さんが高市首相の憲法観の危うさを書いていました。高市さんの憲法観は、[どのような国をつくり上げたいのか、その理想の姿を物語るものが憲法」(4月12日「自民党大会」にて述べたもの)というものです。ここに彼女の憲法観とその危うさがある、と長谷部さんは言います。

 長谷部さんは、誰もが望む理想は既に憲法に書き込まれている。それ以上の党派的理想を書き込むのは、かつての「企業体」としての国家(英国の政治哲学者マイケル・オークショットの分類)を目指すやり方だと言います。これは、明治の元勲たちがつくり上げた国家です。そして、欧米を視察してキリスト教の威力を目の当たりにした岩倉使節団は、キリスト教に変わるものとして皇室への尊崇という疑似宗教を作ったと言います。明治初年の一般庶民には、天皇について確たる知識も崇拝する心も無かったと、福沢諭吉が『文明論之概略』で指摘しているようです。

 この疑似宗教が政治エリートのコントロールを離れて、政界を支配し、悲惨な戦争へと日本を引きずり込んだ、と。そして、

敗戦後の日本は、「広場」としての国家へと大きくかじを切った。だが、いまだに「失われた企業体」を懐かしみ、大義の実現を掲げ民心を統一しようとする企ては後を絶たない。(長谷部恭男「危うい高市氏の憲法観 党派的な理想 社会を分断」(『東京新聞』2026年5月29日)

 読みながら、アイザイア・バーリンの「二つの自由概念」に連想が飛びました。バーリンは、1909年に、ラトヴィアの首都リガで生まれました。ユダヤ人だったこともあり、1915年にはロシアの帝都ペトログラードに移り、1917年のロシア革命を目撃しています。その後家族でイギリスへ移住し、オクスフォード大学卒業後は政治哲学者としての道を歩みました。第2次世界大戦中は、戦時勤務の要員として、英国外務省に勤務しています。1997年に亡くなりました。

 バーリンは消極的自由と積極的自由が異なることを指摘することで、ミルの自由論が消極的自由の擁護であること、かつミルがそのために擁護した消極的自由からの積極的価値の創造は、必ずしもなされないことを明確にしました。すなわち、消極的自由の限界を指摘したとも言えます。しかし、それは消極的自由の意義を否定したわけではありません。

 次に積極的自由がなぜ理想を掲げて、それが恐怖政治に到ってしまうかを説明しています。そこでは消極的自由(干渉を防ぐ)がないがしろにされますが、なぜなのか? 

 積極的自由観は、人間は理想のために強制されてよい、という見解を導き出します。しかしここには、ある偽装があります。つまり、第三者が彼のために現実の彼の願望を無視することと、彼自身が、自発的に実際にはまだ彼の経験的自我には知られていないことを彼の理性的自我、善悪を識別する「真実」の自我の働きによって選択し、選択せざるを得ないということは別だということです。要は、パターナリズム批判です。

 かつ消極的自由に関しても、侵害してはならないのは、現実的経験的な個人的自我ではなく、理想的な目的の追求と一体化された内なる「真実」の人間になります。言い方は難しいですが、例えば、消極的自由は自殺願望を認めるかという問題にも、「NO」を言っていることが分かります。

 バーリンの「二つの自由概念」はもう少し整理する必要がありそうです。

          2026.5.1撮影(銀座 伊東屋「江戸風流手拭展」)

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