宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

「ノースライト」(前・後)

 横山秀夫は「警察ドラマを書く人」の印象が強く、「ノースライト」も観るまでは、その手のサスペンスドラマと思っていました。それがノースライトを取り込んだ家を巡る話で、最初はちょっとなんだろう感が強かったです。それでも見続けたのは、主人公の一級建築士青瀬稔の、仕事での挫折とそこから自分を持ち直していく話であることに、惹かれたからでした。バブルが弾けて、設計事務所をリストラされ、妻とも別れ、方向を見失ってただ流れ作業のような仕事に身を任せていた青瀬。その彼が不思議な注文を受け、自分の中の建築士としての思いと向き合い、「作品」といえる住居を完成させることで、建築士としても人間としても、また、歩み始める。

 青瀬は依頼人吉野淘汰から「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」という依頼を受け、Y邸を完成させます。北側の浅間山が全面に見えるような大きなガラス張りの窓のある作りです。北窓は、青瀬の幼いころの経験から来ています。青瀬の父親はダムの型枠職人で、全国のダム建設現場を家族とともに渡り歩いていました。そしてどこの飯場の宿舎も北窓だった、と青瀬は記憶を呼び覚まします。自分の思いと力量のすべてを注ぎ込んだ自信作Y邸。それは『平成すまい200選』に掲載され、青瀬にとって「作品」と呼べる住宅でした。ところが1年後、Y邸には誰も住んでいないことが分かります。否、建て主家族は引っ越してくることなく姿を消していました。ブルーノ・タウトの椅子と電話機が一台残されたまま。あんなに喜んでくれていたのに‥‥。ミステリーの始まりです。ここから青瀬の吉野淘汰探しが始まります。

 青瀬の大学時代の友人で、今は青瀬の雇用主でもある岡嶋昭彦が「お前にとって一番美しいものって何だ?」と尋ねたとき、青瀬は、はっとしたように「ノースライトだ」と答えます。その岡嶋が息子一創のために残したかった作品が、パリに客死した画家藤宮春子の記念ミュージアムでした。その建設コンペに参加する権利を、岡嶋は少々強引な手を使って手に入れます。それが原因でマスコミに叩かれ、岡嶋は入院する羽目になり、誤って窓から転落死しました。

 岡嶋が好きだった藤宮春子の言葉「埋めること 足りないものを埋めること 埋めても埋めても足りないものを ただひたすら埋めること」。そして、地面に這いつくばって絵を描く藤宮の姿には鬼気迫るものがありました。思わず、藤宮春子のモデルになる人物を探してしまいました。まだ、その人物に辿り着いてはいませんが。

 コンペは辞退していましたが、岡嶋の残したデッサンをもとにコンペ案を作り、ライバルの能勢の事務所に持ち込みます。この案でメモリアルが建てられたら、岡嶋の息子一創に「お父さんが作った作品だ、と言うことを許して欲しい」という条件だけで。

 すべての謎が解けたとき、「ノースライト」の柔らかな光の差し込むY邸が、青瀬稔の家族をもう一度再生させる場として残されていました。筋自体は、それほど起伏のないものでしたが、そこに因縁関係(青瀬の父親の死に吉野の父親が絡んでいた)が織り込まれていて、少しずつその糸が解きほぐされていく感じでした。

 家を軸に置いた人間の再生の物語りだったと思います。淡々としていましたが、見ごたえありました。

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        12月22日 磯崎海岸からひたちなか港方面を眺めて

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