宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

「自由にして依存的存在としての人間」

 今週中にも梅雨入りの様子。今日は雷雨の可能性が言われてます。でも薄日もさしているので、洗濯物を干しました。

 ケアの倫理からそこでの人間観を考えてきました。一言で言えば、「自由にして依存的存在としての人間」と言えるかなと思っています。これは、ドイツ連邦議会審議会答申『人間の尊厳と遺伝子情報――現代医療の法と倫理(上)』(知泉書館、2004年)に出てくる表現ですが、ケアの倫理の根底の人間観でもあると思っています。

 かつて歴史において弱い存在へのケアは、責務ではありませんでした。古代から中世にかけてヨーロッパのみならずおそらく世界各地で、障がい児を殺すことや嬰児殺しによる産児調節は行われていたと考えられます。生産力の問題が一番大きかったのではないでしょうか。

 現代社会において、ハンス・ヨナスのいう責任という原理は、滅びゆく「他者」への責任です。完全さからほど遠い偶然に生じた対象は、存在しているというだけで「私の人格を供するように私を動かす力を持たなければならない」し、実際に「こうした現存する存在に対する責任の感情」が経験的事実として存在すると言われます。

 ケア関係において、この他者への責任は根本でありますが、同時にその存在が「自由」であることも根本なのです。それが、介護における「自立支援」という原理になっています。この「自由なる存在」という側面の難しさ。「自由にして依存的存在としての人間」というのは、まさに人間の在り様を表現していると思います。自らも含めそういう在り様をする人間をどう支援していくのか、ケアの倫理はそこのところを具体的場面において問われています。

酔仙翁(スイセンノウ)

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 この花の名前を探して、ラインで何人かに聞いてみて漸く分かりました。結構あちこちに咲いているのですが、「うちにも咲いているけど分からない」と言われて。やっと分かりました。「酔仙翁(スイセンノウ)」別名「フランネル草」です。ナデシコ科。花言葉は、「好意、好感」。

 葉も茎も柔らかい白毛でおおわれているので、フランネルを連想します。でも、スイセンノウ(リクニス・コロナリア)の名前はどこから来ているのか気になりました。濃い赤紫色の花が多く(白やピンクもありますが)、酔っ払ったときの赤い顔のイメージから来ているようです。仙翁(センノウ)はリクニス属の和名。日本産のリクニス属の一種が、京都の嵯峨にあった仙翁寺から出たことに由来しているとか。

 スイセンノウは、南ヨーロッパ原産で、江戸時代の末くらいに入ってきたそうです。なんかすごいですね。この植物の強さもあるのでしょうが、連綿と代を重ね続けて来ていて、バラや菊のような特別扱いではなく、そこいらの庭に咲き続けて来た。それぞれの花の命は短くも、種は残り続ける。命が還るというより、根を張り続けるという感じがします。

哲学への憧れ

 今日で、5月も終わり。明日からは6月です。今日は曇りで、暑くもなく気温的には過ごし易いですが、土曜、日曜には、陽が出ると暑くなっていくようです。この気候不順、体調にはあまりよくないですね。もともと低血圧気味なので、疲れが取れない。高血圧はもちろん問題ですが、低血圧もしんどいですね。出来るだけ、軽い運動を日常生活に取り入れるようにしていますが、これも今度は足腰への負担も出て来て、気を付けながらやっています。体調維持って、結構大変です。

 さて、以前、感動するということについて書きましたが、そこから、私と哲学との関わりにも思いが至りました。30代の半ばに死ぬかもしれないという瞬間がありました。理性では、あり得ないことは分かっていたのに、気持ちは自分の死に囚われた瞬間。その瞬間襲われた感情は、恐怖ではなく、悔しさでした。「哲学」とちゃんと向き合いきれていないということへの悔しさでした。それがその後の私の生活を規定してきたと思います。そこで私がやっていたことは、コツコツと資料を読んで、それを論文にしていくことでした。それで就職ができたわけではなく、それでも私がやり続けたのは、あの瞬間の激しい悔しさを死ぬ瞬間には味わいたくない、そういう思いだった気がします。あれは、私の「哲学への恋」だったのでしょう。でも恋は覚めます。哲学への思いは、愛になっていたのかどうか。まさに、愛智(フィロソフィア)になっていたのかどうか。

 今、私はこれからどうしようかと思うようになりました。ただ、専門的な論文を書くことが、私は結構好きだったということは感じます。一時期、読んでもらえない論文を書いていても仕方ないよなぁ、という気持ちに捉われました。なんか「すべては無駄だ」という感じです。でも、論文投稿の場所はあります。そこへまた、応募する論文を書きたい、採用されようがされまいが、という気持ちになりました。要は、私がやりたいから、ただそれだけなのですが。自分が考えていることを、文章にしていくこと。そのこと自体は好きなのだなぁ、と感じるようになりました。

 まだ、論文を書くにはエネルギーが不足気味なので、ハーブを植えたり、介護の現場で笑ったり、小旅行したりしながら、書きたいことを色々少しずつ書き溜めていこうかと思っています。

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     5月29日に活けました。丹頂アリウム、芍薬、ソリダコ、ギボウシ

みはらしの丘

 ネモフィラ、昨日の日曜日(19日)、見に行って来ました。見頃は過ぎていましたが、結構、人は出ていました。何よりも海浜公園は広いので、お天気がいいと歩く距離が延びて、良い散歩コースになります。この広い場所に、ネモフィラを植える作業も、刈り取る作業も大変ですよね。6月になると、ネモフィラを刈り取って、コキアを準備するそうです。作業はどういう風にやるのか、興味があります。

 見頃の時期は、人が多いので避けてきましたが、今度は幻想的なブルーの世界を、ちゃんと見てみようと思いました。

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介護ケアとは「私がどういう人間か」にかかる在り様

 以前(3月20日)、介護士って何をするのかについて書きました。介護士は要介護者の伴走者ではないかと、その時考えました。そして、その思いはナイチゲールの次のような思想とつながりました。

 「教育の仕事は別として、世の中で看護ほどに、その仕事において《自分が何をなしうるか》が、《自分がどのような人間であるか》にかかっている職は、ほかにはないからです」(ナイチンゲール著作集 第3巻』266頁

  このナイチンゲールの思想は、現代においては看護師より介護士に当てはまるような気がします。看護師は医師のアシスタントの役割も果たしますが、医療の発展によってその比重がますます大きくなっているのではないでしょうか。技術者としての側面が大きくなって来ている気がします。プロフェッショナルとしての技能の習得が、重要になって来ているということです。<専門家>としての側面が強くなって来ている。ナイチンゲールの時代の看護師(この時代は看護婦)のあり様は、むしろ介護士に引き継がれている気がします。

 もちろん現代の看護師も、食事や排泄援助、全身の清拭、洗髪、入浴介助など身体を清潔にする行為や、罨法など身体を楽にするための湿布などにも関わります。これだけを取れば、介護業務と言えます。介護において看護師しかできないような部分ももちろんありますが、それはむしろごく一部です。

 インスリンの注射は看護師しかできませんし、ストマケアやストマへのパウチの取り付けは私が所属していた施設では基本看護師がやっていました。血圧測定も水銀血圧計は看護師のみが使うということになっています。しかしこれらは、介護業務のほんの一部です。基本、生活・身体援助は介護士が主に行います。「医師のシンボルが聴診器ならば看護師のそれは洗面器一杯にたたえられた水(あるいは湯)」という表現があるそうです。介護士は入浴介助、排泄介助、食事介助が三大業務と言われてきましたが、これはどれも水が関わります。伝統的な看護師のあり様は、介護士にスライドしている気がします。

 介護ケアを超えて、ケアとはどういうことか考えるとき、まさに「私がどういう人間か」に関わる在り様と言えると思います。ネル・ノディングズが述べているケアの定義を拒否する姿勢は、まさにケア主体の在り方こそがケアの真髄であることを意味している。ノディングズの思想は、深いところでナイチンゲールとつながっていると感じます。

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            5月10日 夕日に映える中根の水田

戯曲を読む会

 連休は終わりました。終わってしまうとあっけないです。でも昨日は、面白いワークショップに参加しました。【令和最初の!GW最後の日の!戯曲を読む会】というワークショップで、『マクベス』(シェイクスピア作、松岡和子訳)を「原則ノーカット」で読み通す、というものでした。

 ファシリテーターの長山泰久さんから、「芝居はしないこと」「ニュートラルな読み方をする」「文字を追うことに徹する」「気持ち良くなりすぎない」という条件を提示されて、輪読が始まりました。すると音楽が流れて、リズムが刻まれ、だんだんと感情が高揚していきます。声と感情のストレッチのような、不思議な体験でした。でも、参加者16名の声が声を追っていくというような状況は、心地よいものでした。

 演劇の世界には疎いのですが、こういうワークショップは面白いと思いました。演劇をするまでは行かなくても、戯曲を輪読するという体験は心地よかった。ファシリテーターの力量もあったと思います。長山さんは水戸芸術館演劇部門の企画制作を1994年から2004年まで務めています。その前にはイギリスで、俳優育成のためのトレーニング、ワークショップを学んでいます。2004年以降は、松本市民芸術館開設に携わり、その後も新国立劇場演劇研修所やこまつ座を経て、現在はフリーで活動をしています。

 演劇という世界に関わる関わり方の多彩さ。その一端を垣間見た思いがしています。

f:id:miyauchi135:20190507191609j:plain            5月7日の平磯海岸

目的意識の問題性

 今日は潮干狩り日和でした。海岸まで散歩したら、いつもは歩けない場所が潮が引いていて、歩けました。久しぶりに砂浜を歩いて、潮の香りと波の音を本当に間近に感じました。30分くらいの散歩のつもりが、1時間近くなりました。

 散歩するときも、健康のためとか考え過ぎると、つい周りの景色へ没入し切れず、体だけは動かしながら、いろいろ考えごとをしたりしてしまいます。健康のためにしなければとか、○○のために、は結構私たちの生活を縛っているなぁと思わさせられます。

 確かに「そのときその場を生きる」というのはとても難しい。ただ、何かの目的に向かっているときも、その過程を丁寧に味わうことは、生きる醍醐味につながるのでしょう。目的意識が強すぎると、そこが抜け落ちがちになる。かと言って自分の中に、方向性を感じ取っていないと、瞬間瞬間の、例えば体調などに支配されてしまう。ここの頃合いは難しいですね。

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  5月5日 平磯側から姥の懐方面を望む         姥の懐マリン・プール脇の海で

h-miya@concerto.plala.or.jp