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宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

茨城有権者の会 総会:「しぶとい老人たち」

 16日(日)、みと文化交流プラザ(元ビヨンド)で、茨城有権者の会主催の映画鑑賞会と総会がありました。映画は市川房枝さんの軌跡をたどった『87歳の青春』。会員以外の参加者20名強のうち、市川房枝さんを知っていた人は数名でした。市川さんの活動に、「こんな方がいたんですか、すごいですね」というような感想もありました。

 今日(18日)の東京新聞の「本音のコラム」で、ルポライターの鎌田慧さんが、「怒れる老人たち」と題して、政治批判の視点の停滞とその再興までの処し方を書いていました。かつて労働運動や学生運動に参加することで、時の政権に抵抗する大衆運動を担ってきた層が、今や高齢化しています。「労働運動と学生運動の停滞と断絶が現在の暴政を許してきた。これらの運動が再興されるまで老人が担おう」と結ばれていました。

 権力(主流派)は必ず抑圧を生みます。抑圧される側(ローカル)が、自分たちの状況を意識化して抵抗するのは、自然発生的な場合もありますが、やはり参加・学習・行動の中で自らの視点を構築してゆくからだと思います。ローカル・レジスタンスという視点は、抑圧に抗して自由を求めるとき、出てきます。個々人の生活の中での抵抗の視点は、普通に生活する庶民の中にも息づいています。

 しかし、政治に関するレジスタンスの視点は、労働運動や学生運動の中で身に付けられてきたというのは、その通りだと思います。そういう学習の場が停滞しているのは事実です。茨城有権者の会でも、政治に関する無関心の話が出ました。でもあきらめたら終わりだ、という意見には皆さんうなずいていました。

 解散したシールズの活動を思い起こしても、若い人たちが一括りに無関心とは言えません。新しい芽吹きはあると思います。それがどのような形になってゆくのか。私たちもう若くない世代が、しぶとく、出来ることを続ける必要があるのでしょう。

h-miya@concerto.plala.or.jp