宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

従姉の死去

 8月も残り1週間を切りました。台風の雨、大気不安定の雨と、従姉の通夜、告別式は雨に見舞われました。他のいとこが、「雷まで伴う雨女だった」と言ってましたが、納骨の時も突然雨が降ってきました。エネルギーの塊のようだった従姉の涙雨らしく、みんなかなり濡れながら線香をあげました。

 突然の死去の報に、私たちいとこは戸惑うことが多かったです。病気自慢と言うか、歳と共に自分の病気を語ることが多くなってきましたが、地元にいながら従姉とはあまりそういう話をしませんでした。逆に語るには話題が重かったのかもしれません。気の強い人だったし、自分の抱えている病気をどう語っていいのか、むしろ病気を克服することに一生懸命で、自分の今の症状を語ることが嫌だったのかも。今から思うと、言葉の節々に、それとなく語っていたんだと気が付きますが、それぞれの場面で私は真剣に受け取ってなかったと思います。

 未だに受け止め切れていません。7月初めに会った(これが最期になりました)ときにも普段通りの感じで、それから2週間くらいして検査入院したそうです。入院してからはどんどん具合が悪くなり、1か月くらいで逝ってしまいました。私が知ったのはかなり悪くなってからで、むしろお見舞いを遠慮しているうちに逝ってしまいました。今も狐につままれたような感じです。

 父が亡くなったときも、悪くなる直前まで、あと数年は元気でいられそうと私たち家族は思っていました。それが調子を崩してから1か月半くらいで坂を転げ落ちるように体力が失われてゆき、亡くなりました。生命の火が消えると言いますが、本当にふうーと息を吐いて父は亡くなりました。従姉の死に顔も穏やかでした。11月末、12月の初めと伯母二人が続けて亡くなり、8か月後には、80歳になったばかりの従姉を送りました。身近な人がどんどんあちら側に逝ってしまいます。人が生まれたときと死んだとき、私たちは生命が人為を超えていることに直面し、胸を打たれたり胸を痛めたりするのだと思います。

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