宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

ニーチェの道徳批判3):「主体」という虚構

 19、20日はひたちなか祭です。今日は、午後4時過ぎから雲行きが怪しくなり、雷が鳴り出し一時停電しました。その後、ピカッと光ってから数秒でゴロゴロドスンと何回か雷が落ちていました。煙の薄い絨毯のような雲が西から東へと風に流され、土砂降りの雨が20分から30分くらい降りました。5時20分頃には雨は止んでいて、お祭りは中止にはならなかったようです。でも肌寒い一日でした。

 さてニーチェの道徳批判の続きです。道徳の価値評価には「よいと悪い」「善と悪」の二つがあり、それは力への意志の二つの質の徴候であるとニーチェが解釈したことは書きました。次は「善と悪」という評価形式を持つルサンチマンの道徳がなぜ勝利したのか、そこのところです。一言で言ってしまうと、「主体」概念を虚構し、力のコントロールは可能であるという考え方を打ち出し、強さをコントロールできないことを恥じる体制を作り出したことによってです。

 活動と活動者を分けることで、活動するもしないも自由という発想(虚構)を生み出し、弱者の弱さそのものが随意の所業、意欲され、選択されたものであるという美徳の装いを身につけ、強さが強さとして現われることは悪と解釈されるようになりました。さらにこの虚構は強い力に対し、自らを恥じ入らせる罠ともなったのです。力が力として現われるという現実をコントロールできるとする、「あの選択の自由を持つ超然たる<主体>に対する信仰」をニーチェは告発します。

 この「主体」は、デカルトによって明確に打ち出された「精神としての私」に結実したものですが、ニーチェはその発明者は僧侶階級であると言います。僧侶階級とは否定意志の体現者ですが、彼らは<自己ならぬもの>に対し否を言います。この否定こそが彼らの創造行為であり、彼らは活動と活動者を分けることで、活動するもしないも自由という発想(虚構)を生み出しました。弱さそのものが意欲され、選択されたものであり、強さが強さとして現れることは悪なのです。力をコントロールできるという考えが、「選択の自由を持つ主体」という信仰によって展開され、かくして弱い力は自己を(強さをコントロールできる私として)肯定し、強い力を否定することが可能となりました。

 ニーチェの奴隷道徳、弱者の道徳の解釈の要は、この差異に対する肯定か否定かにあると言えます。ニーチェが「強者・貴族vs.弱者・奴隷」という表現で語るものは、この自己肯定の有無を巡っているのであり、単純に「現実的な力」の強弱ではありません。そして、ニーチェは強さvs.弱さの二分法(ディコトミー)を使って、歴史的事象を評価する試みをしましたが、この二分法は、ナチスによって自分たちの政策を正当化する理論に援用されてしまいました。これは、歴史の中に創造性を取り戻すため、画一化の圧力から人間精神を解放するための虚焦点として立てられたものが、現存の歴史的存在者解釈に流用されたとも言えます。しかし、ニーチェの「強さ」や「高貴」はケアの倫理が立脚する「傷つきやすさ」を排除しません。むしろ、強い類型ほど、繊細で傷つきやすい、壊れやすいとニーチェは語ります。

 ハンナ・アーレントは『人間の条件』の中で、公的領域と私的領域を区別しました。社会的領域とは、私的領域の特質である生存の必要性という基準が、公的領域に浸透していったとき成立したと言われます。公的領域は他者に卓越することを競う場であり、そこの基準は複数性です。そしてこの領域は、必要性からの自由によって特徴づけられ、ここで働く規範は、各人の自由とそれを保障する複数性としての正義です。

 このヨーロッパの思想の根底に流れる公的領域である自由の領域への高い評価、そこで生きることが人間として生きることであるという考え方は、連綿と地下水脈として流れ続けてきたのではないでしょうか。だからこそ、ニーチェは画一主義に抗して人間を解放しようとしたとき、能動的・主体的卓越性に第一義の価値を置いたのではないか。

 ニーチェの「力」や「力への意志」という概念が持つ強・弱が意味するものは何か。そこに単純に、現実の強・弱を読み込んではいけないと思います。ニーチェが批判したのは、「画一化への抑圧」であり、差異の否定への時代の傾向(あるいは人間の歴史の傾向)であって、そこに潜む道徳的圧力を解体するために、力の概念で記述したと考えられます。  

ニーチェの道徳批判2):道徳の二つの判断形式ー「よいと悪い」「善と悪」

 ニーチェは、ヨーロッパを支配するキリスト教道徳の真髄をルサンチマン(怨恨)と解釈します。ではこのようなルサンチマンの類型(反動形成の類型)がなぜ歴史的には勝利を収めてきたのか。

 まず、ニーチェの道徳的価値とは、それを掲げる類型を形成する意志の質の表出を意味します。ニーチェは能動形成の類型と反動形成の類型を区別しましたが、それぞれの意志の質が肯定と否定です。この意志の質に従って2種類の道徳が存在します。それが貴族道徳と奴隷道徳なのです。つまり、能動的で形成的な類型の貴族道徳に、反動(反応)的なルサンチマンの道徳である奴隷道徳が、なぜ勝利しえるのかということです。

 能動的な力は違い(差異)を肯定し、その違いを楽しみます。ところが、反動的(反応)的な力にとって違い(差異)は、対立と捉えられます。この不快の感情と反動的な力から見られた能動的な力の像――残虐、暴力的、抑圧的――は、反動的な力が能動的な力に支配されて活動的である間は、傾向性にとどまっています。

 例えば被害者意識は誰の中にでも生じえますが、普通に生活が展開しているときは忘れたり、思い直したりしてバランスが崩れることはありません。しかし何かがきっかけとなって、外部との通路が切れると、妄想が膨らみ始めます。同じように反動的な力が活動的であることをやめて、受動(感得・感情)的になったとき、反動的な力は自分の無能力に傷つき、憎悪と復讐の精神を巣くわせるようになります。反動的な力は、活動的であることをやめることで、能動的な力の支配から逃れ、能動的な力に打ち勝つのです。

 この二つの道徳はそれぞれ別の価値判断の形式を持ちます。貴族道徳の価値判断は「よい(優良)とわるい(劣悪)」であり、奴隷道徳のそれは「善と悪」です。貴族道徳の「よい」は高貴なものたちがあらゆる低級なものたちに対して、自己及び自己の行為を「よい」と感じ「よい」と評価することに発します。

「高貴と距離のパトス、すなわち低級な種族つまり<下層者>にたいする高級な支配者種族の持続的・優越的な全体感情と根本感情、――これこそが<よい(グート)>(優良)と<わるい(シュレヒト)>(劣悪)との対立の起源なのである(『道徳の系譜』第1論文)

 ニーチェは「よい」という語は本来、権力の点で優位にあるものが、自らの現状を名指す言葉であったが、それが自らの主観的特性への名称になり、やがては精神的高貴さだけの名称になったというのです。この貴族的価値評価における否定概念「わるい」は、自分たち高貴なる者と異なる存在への軽蔑を意味しますが、「不幸な」「気の毒な」「痛ましい」「惨めな」「臆病な」「哀れな」という意味合いを持ちます。そこには「一種の憐憫、思いやり、寛恕」が混じっているとニーチェは述べます。

 これに対し「善と悪」というルサンチマンの道徳の判断形式は、自分をストレートに肯定できないので、「外のもの」、「他のもの」、「自己ならぬもの」に対してまず「否」と言います。外からの刺激を受けて動き出すわけです。道徳が成立するのにまず対立的な外界が必要で、対立物との対比で、「それとは違う自分」を「~でない私」という形で肯定し、それを「善」と呼びます。道徳における奴隷一揆は、このようにルサンチマンが創造的になり、価値を生み出すようになったときに起こったのです。

 抑圧されるものたちが、抑圧するものたちを「悪い」と語り、それと異なる反対の抑圧される自分たちの方が「善い」と語りあうこと自体は、なんの不思議もないと言われます。抑圧者たちはそれを余裕を持って眺めていたことだろうと。しかし、ニーチェは強さが強さとして現われないことを求めるのは、弱さに対してそれが強さとして現われることを求めることと同様に背理であると言います。ところが、ヨーロッパの歴史においてはこの背理こそが、キリスト教道徳の価値として勝利を収めてきたのです。そこにはどのような虚構の創造がなされたのでしょうか。

ニーチェの道徳批判1)

 ニーチェは「力」という概念を使って、道徳批判をしました。徳を占有している力はどういう力か、とその由来を問題にしたわけです。善と悪の問題を、「力」という視点から見たときどう見えるのか。ニーチェはあらゆるものは、「力への意志」であると言いました。

 あらゆるものが「力への意志」であるというのは、命令し支配するものだけでなく服従するものも、自分の力への意志を放棄していないということを意味します。弱者には弱者の力への意志があります。力は量的には支配し命令する力と支配され服従する力に分けられるますが、この力量の差異は「何か量の差とは根本的に異なったもの」、「相互に還元不可能な質として」力への意志によって感受されます。「認識」は量にかかわりますが、感情(価値感覚)は質というわれわれの特異体質である「遠近法的真理」に執着します。どういうことか。

 私たちは「あの人は能動的だ」とか「活動的だ」とか、あるいは「受け身な人ね」とか、「あんまり反応しない人ね」というように評価していないでしょうか。力への意志が、力量の差異を「質」として感受するというのは、そういうことです。能動的な力とは「自発的な、攻撃的な、侵略的な、新しい解釈を下し新しい方向を定める形成的な諸力」と言われるような力であり、生とは本質的にその根本機能において「侵害的、暴圧的、搾取的、破壊的にはたらくもの」なのです。

 この力の二つの質(能動と反応・反動)と力への意志の二つの質「肯定」と「否定」から生の類型が生じます。ニーチェは、この命令と服従の力関係を類型(タイプ)同士の関係と解釈するのです。力への意志は、「おのれの価値」に基づいて解釈します。価値とは、ある形成物の保存・上昇についての観点です。おのれの価値とは、もろもろの現実の価値評価――これは良いとか悪い、あれは心地よいとか意味がないなど――がそこから生じる諸価値の根源であり、力への意志そのものの質の現れなのです。この力への意志の質を、ニーチェは生に対する肯定と否定、あるいは、肯定としての生と否定としての生と見ています。

 なぜだかその存在から力が溢れてくるような人がいないでしょうか。彼あるいは彼女はたとえ失敗しても前向きのエネルギーを失わない、という人がいないでしょうか。それが、能動的力が反動的な力に打ち勝っているような類型、上昇する生の類型である能動生成の類型です。その類型を形成する意志の質が肯定なのであり、これこそがニーチェが「生を肯定する」という表現で語ろうとしたことでした。これに対し反動生成の類型とは、反動的な力が能動的な力に絶えず打ち勝っているような類型のことです。 「私は一方、上昇する生のタイプと、他方、頽廃、解体、弱さのタイプを区別する」とニーチェは遺稿の中で言っています。

 では反動的力はどのようにして能動的力に勝利するのか。能動的力に支配されこれに従っていた反動的力が、活動しなくなってルサンチマンを形成することによってです。キリスト教道徳はルサンチマンの道徳であるとニーチェが批判するとき、そこで言われているのは、以上のような生の暗鬱化の批判であったわけです。

 このルサンチマン論は結構面白いのですが、長くなるので、稿を改めます。

お盆が終わって

 お盆の3日が終わり、灯篭の電池セットを回収しました。今年は、13日は晴れましたが、あとの2日は曇り時々雨、15日はかなり降りました。今日も雨模様で、少し肌寒さを感じる、じっとりした梅雨のような天候。6時から灯篭流しをやっています。7時から行余学会(知道会の旧那珂湊地区支部の位置づけでしょうか)の会合がありました。同窓会の組織は、若い人たちがなかなか関わってくれない状況にあります。どうしていったらいいのかという話し合いをしました。一朝一夕には上手くは行かないでしょうが、呼掛け続ける必要があるということで、幾つか案が出ました。

 朝鮮半島の緊張が高まっているというニュース、中国や韓国を刺激しないため、今年は閣僚の靖国神社参拝はなかったこと、昨日の戦没者追悼式での天皇のお言葉に3年連続で「深い反省」の表現が盛り込まれていたことなど、15日は特別な日なのだなあと感じます。そして、今日は茨城の知事選の候補者3名の選挙公報が入っていました。前回の投票率は30%ちょっとだったと思いますが、少しひどい状況だと思います。今回は、候補者が3人で、保守系が2人なので、保守王国といわれる茨城の投票率ももう少し上がるかもしれません。

 一般の人間が政治に直接かかわるのは、投票の時ぐらいと言ってもいいと思います。せめて自分の1票を自分の意思表示に使いたいと思っています。知事が変わっても自分の生活には直接かかわらないというのが本音かなと思いますが、それでも政治に対する意思表示は大切にしたいと考えます。候補者側は、投票率に神経質になっています。そのくらい力を持っているということですから、そう思うと自分の投じる1票がどうなるのか、たとえ選挙の時期だけでも政治に対して敏感になります。期日前投票率は前回より上がっているようです。

広告を非表示にする

「我思う、ゆえに我あり」

 5日、6日は湊の八朔祭でした。ひたち海浜公園ではロッキン(ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017)が開催されましたが、11日、12日にも引き継がれ、4日間で出演アーティストは205組、動員数27万人と言われます。会場から私の家まで数キロはあると思いますが、11日、12日はドンドンという音が響いてきました。

 9日には水戸の親戚を訪ねて、ブルーベリー摘み。台風がずっと居座っていて湿気ていましたが、空気が乾いたなあと感じました。気温もどんどん上がりましたが、袋一杯に収穫し、縁側で麦茶を飲んでいると、風が気持ち良く、セミがうるさいくらいに鳴いていました。夏なんだなあ、と感じる瞬間でした。

 さて、7月28日に、フッサール(1859-1938)が「意識」を解明することから初めて、触覚的身体を介した「私」の位置づけを可能にしたことを書きました。このことをもう少し丁寧に考えておきたいと思います。フッサールは、デカルト(1596-1650)の方法的懐疑と同じやり方で、私たちの自然的見方に判断停止(エポケー)をかけ、そこから超越論的主観を取りだしました。どういうことか。例えば、私たちは自分の外に、私から独立して、パソコンがあるとかテレビがあると普通に思っています。私が死んでも、パソコンもテレビも存在する、というわけです。こういうのが常識的捉え方で、これを素朴実在論と言います。

 でもパソコンがあるとかテレビがあるというのは、私の意識に現れるものです。この私の意識に現れるものの確かさから、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」が出てきます。デカルトは本当に確実なものは何かを知るために、疑えるものをすべて疑ってみました。なぜなら、学問の土台がゆるぎないものでないなら、その上にどんなに堅牢なものを打ち立てても崩れてしまうからです。

 デカルトは感覚を通して知られるものをまず疑います。なぜなら、錯覚などがありますから。それに夢と現実の違いは本当に確実だろうかと疑います。感覚を通して私の身体を確信していても、もしかしたら今私は夢の中で、私に身体があると確信しているだけかもしれないと。私に身体があるというのも疑えるというわけです。次に数学的知識についても、計算違いだってあるし、そもそも神がだましているのかもしれないと疑います。でも、今疑っている(精神としての)私は存在している。これがデカルトが到達した「我思う、ゆえに我あり」でした。

 これは精神としての私の存在だけが確認されている状況です。私は今、パソコンとかテレビとかと言われているものを見ていますが、それが確かに存在しているとは言えません。ここで大切なことは、この精神としての私は、内容が空っぽなのではなく、いろいろなものを見たり聞いたり想像したり、思い出したり、嬉しかったり、悲しかったりしている私だということです(冨田恭彦科学哲学者柏木達彦の冬学期』より)。つまりパソコンがあると判断することやテレビがあると判断することを止めていますが、やはりそれらは見えていますし、音も聞こえているということです。フッサールの判断停止(エポケー)もこれと同じと考えておいていいと思います。

 このデカルトの我ありの我は、意識の対象となるものを持つ我ですが、この意識の対象すべてをデカルトは観念(イデア)と言っています。この観念はどこにあるかといえば、とりあえずは、「心の中」と言えます。そしてこの「心の中」からどうやって外へ出てゆくのか。そのとき、デカルトはこの「心の中」にある観念を調べて、例えば神の観念を人間が持っているというのはどういうことか、ということから神の存在を取り戻します。さらに神の存在を媒介して、「心の外」を取り戻す。

 私たちが何を知ることが出来るかを、心の中の観念から調べていきます。心の外の実在を疑うことが目的なのではなく、確実に知っていると言えるものから、外の世界について何が言えるかを組み立てようとしたわけです。デカルトはそのとき、神の存在を媒介させましたが、フッサールは神なしで私たちの意識を徹底的に調べることで、外の世界を確信する道を探りました。私たちが何かを知覚するとき、それが「何か」をどうやって知覚しているのかを分析していくと、過去に眠っていた意味のまとまり全体と与えられた感覚素材のまとまりとが、互いに共鳴覚醒させる「相互覚醒」が生じると言われます。

 ここはまた後日書くことにして、この思う我の心の中の豊かさということに、はっとさせられました。心の中に蓄えられている過去の表象のざわめき、せめぎ合いと現在の感覚領野との相互覚醒が、現実と上手く折り合えないのが、認知症状を抱える人たちの状態なのかなと思ったからです。 

二つの映画から、徳目主義を考える

 思春期を描いた二つの映画を観ました。例によってDVDです。一つは1986年の名作と言われる『スタンド・バイ・ミー』(アメリカ)、もう一つは2015年の日本映画『くちびるに歌を』です。どちらも主題歌が良かった。『くちびるに歌を』はアンジェラ・アキの「手紙~拝啓 十五の君へ~」から生まれた青春小説の映画化ですから当然ですが。『スタンド・バイ・ミー』はスティーヴン・キングの短編『死体(The Body)』が原作ですが、スティーヴン・E・キングの1961年のヒット作「スタンド・バイ・ミー」が主題歌に使われ、映画の題名にもなっています。両方の主題歌の歌詞、そして映画自体からいろいろ考えさせられ、成長における徳目主義の問題を考えてしまいました。

 二つの映画は共に、思春期に悩みを抱えて生きる少年・少女の心の息吹のようなものを伝えてくれます。『スタンド・バイ・ミー』の12歳の少年ゴーディとクリス、『くちびるに歌を』の15歳のなずなとサトル、それぞれが抱えている家族をめぐる痛みは、傍にいる仲間や目指すものによって、決して消えてしまいはしないけれど、今を生きる中に吸収されてしたたかに生きてゆく肥やしにされていると、感じさせてくれました。そこにあるのは、友情の尊さとか、困難から逃げないとかのお題目ではありません。

 生きていく中で、困難は付きものでしょうが、それとどう向き合うかにマニュアルはありません。問題も環境も異なっていて、解決策なんて誰も教えてくれない。アンジェラ・アキの「手紙」の中の言葉、「自分の声を信じて歩けばいいの」が胸に沁みます。これは幾つになっても同じではないでしょうか。

 道徳教育の持つ問題は、お題目主義にあると私は思っています。注入主義ともいいますが、そもそもそれらお題目の「よさ」を「よさたらしめているもの」はどこにあるのでしょうか。これはソクラテスが、徳を徳たらしめているものは何か、と人びとに問いかけ続け、彼に死をもたらしたものでもあります。勇気であれ、賢さであれ、私たちはそれらが徳であるというとき、その背後に「よさ」を読みこんでいます。なぜなら、強盗の「勇気」もあるし、詐欺師の「賢さ」もありますから。でも私たちはそれらを徳とは言いません。それはなぜなのか、ということです。一見共同体主義は、個人を超えた集団を想定することで、「我儘」を超えたよさを確保できているように思えます。しかし、どうなのでしょう。集団は間違わないのでしょうか。ナチスが自らの存続のためにしたことは「よい」と本当に言えるのか。

 プラトンは、徳の問題を、個人のレベルで考えないで、神話の世界につながってゆく国家のレベルで考えました。しかし、神話なしで考えるために、もっと徹底して自己のレベルから考えることはできないでしょうか。自分の心の声に耳を澄ませる感受性を育むことで、それが他者の声にも耳を傾ける姿勢を生み出していくのではないでしょうか。自分の痛みを知ることが、他者の痛みへの感受性にもなります。そしてもう一つの車輪が「あなたは一人ではない」なのです。なぜなら、徳目とは孤島で「一人」で生きているときには、問題にならないので。

 リチャード・ローティは、私たちはみな傷つきやすく苦しみを受けやすい存在である点で平等なのであり、それゆえ残酷さを減らさなければならないと言います。私たちの中の尊重と保護に値する何かとは、人間の中にある非言語的能力、苦痛を感じる能力なのだというのです。そして、リベラルとは他の何よりも残酷であることを恐れる者たちのことだと言います。痛みへの想像力や感受性を基盤とし、かつリベラルは自らの感受性にも疑問を持つ存在なのです。私たちは本当に他者の痛みや他者への辱めを受け止め得ているのか、それらを避ける制度を持っているのか、別の可能性はどこにあるのかと絶えず問いかけてしまう自己懐疑としての連帯を探る存在です。

 徳目を掲げるのでなく、自分を信じて仲間と共に歩み続ける中から、徳目は熟成するのではないでしょうか。二つの映画はそれを描いていると思います。

「道徳教育、大切なことは?」から

 今日は昨日と打って変わって曇り空。天気予報では、お昼頃に雨マークもついていました。3時頃にざぁーと降ってきましたが、気温も低めで過ごし易い一日でした。30日の新聞から今日の新聞までまとめ読みしました。『東京新聞』(7月30日)「時代を読む」コーナーに、関西学院大学准教授の貴戸理恵さんの「道徳教育、大切なことは?」という一文が掲載されていました。貴戸さんは大切なものとは、表面的なことではないのではと問いかけています。例えば、教科書検定で「おじさん」から「おじいさん」への表記変更や、「伝統文化の尊重」の観点から「パン屋」が「和菓子屋」に変更されるなど。私もこのニュースを見たときは、開いた口がふさがりませんでした。

 これに対比して、アメリカやオーストラリアなどの小学校低学年向けの哲学系の授業でよく使われている絵本『たいせつなこと』が紹介されていました。身近なものからその本質を考えていく。例えば、「スプーンにとって/たいせつなのは/それをつかうと/じょうずにたべられる/ということ」、では靴は?りんごは?と登場し、最後に「あなた」について考え、「たいせつなのは/あなたが/あなたで/あること」と終わります。これに対し、日本の道徳教科書のすべてに採用された「かぼちゃのつる」は、ぐんぐんつるを伸ばしていくかぼちゃが、ハチや犬の通り道を無視して伸びていって、道路にはみ出し最後はトラックにひかれて泣いてしまう、というものです。テーマは「わがままな行い」。まあ、違いは一目瞭然です。

 貴戸さんは、「自由で民主的な国の価値教育は一般に『個人のよりよい生』と『社会における共生』を目的とする」と述べています。そして共生社会の基礎は、個々人の「自己が自己である」ことが認められていることであり、そうすることで「他者が他者である」ことを尊重できると言います。これはその通りだと思います。

 私もかつて道徳教育に関係した短い投稿論文を三つ書いています。基本は「個人の内発性を重視した自立と公共性」という観点から書きました。共生の問題を考えるとき、個人をどう捉えるかが問われます。個人個人が異なっていることは、実際の経験で分かります。その上で、価値観としてどう考えるかということになります。

 金子みすゞの「わたしと小鳥とすずと」は今も愛されている詩だと思います。「みんなちがって、みんないい」を受け止める感受性に、「かぼちゃのつる」の話はどう入って行くのでしょうか。教師はどう伝えるのでしょうか。「違うこととわがままは別だよ」ということでしょうか。しかし、違うことを認めていくとき、特に小学校低学年の子の場合、わがままの境界線を納得してゆくのはかなり難しいのではないでしょうか。どうしても自分の思いが強く出てしまって、お互い同士がけんかになって、というような経験を繰り返しながら、折り合えるようになっていくのではないでしょうか。

 ハンナ・アレントは、いろいろな人間がいるという多種多様性が、活動と言論が成り立つ基本的条件だと言います。そしてこれは平等と差異という二重の性格を持ちます。つまり互いに等しいものでなければ、お互い同士を理解できないし、未来のために計画したり、後から来る人たちの欲求を予見したりもできません。しかし、他方で、一人ひとりが異なっていなければ、自分たちを理解させようと言葉を使う必要はなく、共通の直接的欲求と欲望(お腹が空いたとか、眠いとか)を伝達するサインと音があれば十分です。存在しているものはすべて他者性を持ち、生きているものはすべて違い(差異)がありますが、違いを語るのは人間だけです。この他者性と差異性は、人間では唯一性になると言われます。以下少し引用します。

「人間の多数性とは、唯一存在の逆説的な多数性である。

 言論と活動は、このユニークな差異性を明らかにする。そして、人間は、言論と活動を通じて、単に互いに『異なるもの』という次元を超えて抜きんでようとする。つまり言論と活動は、人間が、物理的な対象としてではなく、人間として、相互に現れる様式である」(ハンナ・アレント『人間の条件』ちくま学芸文庫、287頁)

 人間であることが唯一存在であることにかかっていて、かつそれが平等と差異という二重性を持っていること、かつ異なることを超えて抜きんでようとすることにあり、これが言論と活動によって示される創始であり、それは人間である以上止めることはできない。人間を人間たらしめるのがこの創始である、と言われています。

 道徳と各自の主体性(みずからであること)を切り離すことはできません。道徳教育の根本には、人間とはどのような存在かという問いがあり、その上での望ましさの問題が出てくるのではないでしょうか。文化伝統を大切にするのは、そこで一人ひとりが人間らしく生きるためであり、その育ちのために文化伝統があるのではないでしょうか。文化伝統のために、一人ひとりの持ち味が無視されることがあっていいとは、誰も思っていないと考えたいのですが。

h-miya@concerto.plala.or.jp