宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

人新世(アントロポセン Anthropocene)

 斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』を読み始めました。人新世(じんしんせい、ひとしんせい)という言葉は、あまり聞き慣れませんが、地質時代における現代を含む区分において提案されている呼び名です。

 三畳紀ジュラ紀とか白亜紀という区分は、恐竜の生きた時代として結構出てきます。磯崎海岸の白亜紀層とか、普通にこの時代区分に触れていますが、正直なところあまりピンとは来ませんでした。今回、人新世という言葉で全体像を掴む努力をして、少し分かりました。

 ビッグバンによる宇宙誕生が138億年前、地球の誕生が約46億年前。文字が発明されてからを有史時代と言いますが、それ以前の99.9999%は地質学的手法でしか研究できません。有史時代は顕生代/新生代/第四紀/完新世/メガラヤンに含まれます。恐竜が生きた時代は、中生代です。

 人新世という言葉は、まだ地質年代としては正式には認められていません。この言葉が普及したきっかけは、2000年2月23日の科学者の会議だったようです。オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンが、完新世に関する発言に対し、「われわれはもう人新世に入っているのではないか」という趣旨の発言をしたことに始まったと言われます。

 人新世とは、人類の活動が原因で地球温暖化などの気候変動、大量絶滅による生物多様性の喪失、人工物質の増大、化石燃料の燃焼や核実験による堆積物の変化などで地球の限界を超えつつある時代という意味です。

 人新世という言葉は、既にアメリカ合衆国生態学者ユージン・F・ストーマーが1980年代に使っていたようです。それを知ったクルッツェンがストーマーに連絡して2000年5月に共著論文を発表しています。

 以下は、斎藤さんの著作からの概要です。

 地球の限界(プラネタリー・バウンダリー)は環境学者ヨハン・ロックストロームの研究チームが、2009年に提唱した概念です。経済成長を目指すにしても、環境負荷が取り返しのつかないものにならないよう限界の線引きをしておく必要があると、考えたのです。地球システムの自然本来の回復力が失われる「臨界点」(ティッピング・ポイント)があります。研究チームは、9領域においてその閾値を計測し、限界点を確定しようとしました。気候変動、生物多様性の損失、窒素・リン循環、土地利用の変化、海洋酸性化、淡水消費量の増大、オゾン層の破壊、大気エアゾルの負荷、化学物質の汚染という9項目です。

 ロックストロームの研究チームの測定によると、気候変動や生物多様性などの4項目は、すでにプラネタリー・バウンダリーを超えてしまっているそうです。この臨界点の設定自体がどうなのか、私にはよく分かりません。しかし、地球環境の変化がかなり危ない地点に来ている、という感覚はあります。

 ロックストロームは2019年にそれまでの立場を大きく変換します。彼も地球の限界に配慮する「緑の経済成長」を実現すれば、気温上昇1.5℃未満という目標を達成できるという想定のもと議論をしていました。しかし、2019年に発表した論文のタイトルは「緑の経済成長という現実逃避」というものでした。斎藤さんは、「経済成長をしながら、二酸化炭素排出量を十分な速さで削減するのは、ほぼ不可能である」(102頁)と言います。緑の経済成長戦略については、別の日にまとめたいと思います。

 それにしても、どのような脱成長を目指すべきか、この後の展開が気になっています。

 

    2024年7月の磯崎海岸                 2023年9月の風景 

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