宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

『今を生きる』

 録画しておいた『今を生きる』を観ました。ざっと見てしまおうと思って見始めたら、いつの間にかしっかり鑑賞。『今を生きる』は1989年公開のアメリカ映画です。原題は゛Dead Poets Sciety”、「死せる詩人の会」です。場面設定は1959年のアメリカ北部、ニューイングランド地方ヴァーモント州に在る全寮制エリート進学校「ウェルトン・アカデミー」。「良い大学に進むこと」、「望ましい職業に就くこと」を目標に、生徒を厳格に管理する学校。そこに型破りの英語教師が赴任してきて、生徒たちに、自分の意思で自分の未来を切り開く姿勢を引き出す教育をしていきます。

 最初は、何となくまぁよくある学校映画で、何が起こるのか、と思いながら見ていました。型破りの英語教師ジョン・キーティングは、この学校の卒業生で、かつて「死せる詩人の会」を主宰していたようです。こっそり秘密の場所に集まって、死んだ詩人の作品を読み合う会だったとか。キーティングは、「今の学校はこういうのを許さないだろう」という言い方をしていました。

 戸惑いながらも生徒たちは、キーティングの授業を受け入れ、その中で自分を見つける作業を始めていきます。「今を生きる」はラテン語で「Carpe Diem」です。これは授業の中で、キーティングが詩の情趣を伝える言葉として選んだものです。私たちはすぐに蛆虫になる、だから今を大切にしなさい、というような意味を持つものとして。そして卒業生たちの写真を見せながら、「今を生きろ、君たちの人生を特別なものにするんだ」と伝えます。

 ニールは優秀な学生で、父親からは医者になることを命じられていました。彼は演劇に関心があり、本当は役者の道を進みたかった。ただ父親の命令に逆らえず、あきらめていました。ニールはリーダーシップを発揮して、仲間を集め「死せる詩人の会」をこっそり復活させます。「死せる詩人の会」の中で彼らは、自分の言葉を探し、語ろうとします。キーティングの「今を生きる」を実践し始める生徒たち。しかしそのとき、悲劇は起きました。

 ニールは父親に内緒で演劇の役者に応募して主役を射止めます。父親に大反対され、劇を止めるように言われたニール。キーティングはお父さんとしっかり話し合え、と伝えますが、父親に言えないまま当日を迎えます。舞台から自分の思いを伝えようとするニール。しかし父親は彼を無理やり連れ返り、軍を経て転校し、医者の道を歩めと命じます。逆らえなかったニールは、その晩、絶望して拳銃で自殺しました。その結末は、すべてキーティングがそそのかしたものとされ、キーティングはその罪を背負って学校を追われました。

 色々考えてしまう映画でした。キーティングが生徒たちの心を動かしていくやり方はある種の危険性を感じました。キーティングの言葉は、前進あるのみと言っているわけではなく、引くことや周りと合わせることの大切さも言っています。そのバランスの大切さを、問題を起こした生徒には伝えています。ただ、青春のただ中で、自分の思いと親の期待のギャップに大きな葛藤を持っている場合、そこでゆっくり立ち止まる余裕は持てないだろうとも思いました。じゃあ、インスパイアしてはまずいのか。やはりそんなことはないと思います。そこが教育の難しいところだと。ある年齢になると、そんなに簡単に理想的な生き方にインスパイアされたりはしません。自分なりの守りの壁が出来ているので。

 もう一つ印象に残ったのが、医学や工学など実践的学問は人間が生きるために尊い仕事だが、詩や美しさ、ロマンや愛は人間が生きるための糧だ、というような言葉です。私たちの時代は、実践的学問への傾きが大きくなっています。それは人間の幸福度を増してきました。でも、芸術の意味を伝えきれていません。芸術への感性は、日々の暮らしを豊かにするだけでなく、人間が極限状態でも人間らしい気持ちを持ち続けるために、その果たす役割は大きいと思います。

 映画の最後の場面は感動的でした。私物を校長が代わりに授業をしているところに取りに寄ったキーティングに、内気だったトッドが真っ先に敬意を表するために机に上りました。それに触発されたように、何人かの生徒が机に上ります。校長は必死に止めさせようとします。その姿にキーティングが微笑みながら"Thank you,Thank you,fellow"、という場面。キーティングが生徒たちに伝えたかった、自分の思いを大切に生きること、異なった視点で物を見る精神など、真に自由に生きるとはどういうことかは、生徒たちに伝わっていました。

 青春期の教育について本当に考えさせられました。そして、何とも切ない映画でした。それは、青春の持つもろさと輝き、不安と希望、反抗と従順を改めて見せられたから。大人になるために通る関門。ナタリー・ウッド主演の『草原の輝き』を何となく思い出しました。

     8月31日の「はまぎくカフェ」に飾られたアンリ・ルソ-の『戦争』の一部複写

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