2012年に介護福祉士養成校で授業を受け持ったとき、「倫理学」ではなく「人間の尊厳と自立」になっていたという話は、最初に書きました。テキストを渡されて、福祉サービスの提供は、措置から利用者の主体的利用(契約)に変わった、というようなことを読んで、「そうなんだ」と思ったことを覚えています。同時に、どれだけの利用者に主体性を期待できるのだろう、という疑問も持ちました。
2007年の「社会福祉士及び介護福祉士法」の大幅改正によるカリキュラム改正が行われて、「人間の尊厳と自立」が科目になりましたが、この流れの背景にある社会福祉基礎構造改革についてまとめておきたいと思います。
社会福祉基礎構造改革は、1951年(昭和26)に社会福祉事業法が制定されて以来維持されてきた、社会福祉制度の基本的枠組みを抜本的に改革する試みでした。1998年から関連法律等が一度に改正されました。これら一連の改革を、社会福祉基礎構造改革と言っています。
少子高齢化、核家族化の進行、女性の社会進出、経済成長の鈍化、社会福祉に対する国民の意識変化などが、改革への社会的状況変化として挙げられます。戦後の生活困窮者対策を前提とした社会福祉制度は、20世紀末から21世紀にかけて、国民全体の生活の安定を支える制度へと変換を余儀なくされていたということです。一言でいえば、「措置から契約による利用」へと、社会福祉サービスの供給方法を変えるものでした。この社会福祉の構造の基礎部分を変えるのは、政府の財政改革(財政支出の縮小)を福祉の分野でも実行するものでした。
福祉サービスという表現は、1951年(昭和26)6月1日施行の「社会福祉事業法」で既に使われています。この法律は、2000年(平成12)に、内容も改正されていますが、「社会福祉法」と名称を変更されました。
基礎構造改革は上手くいっているのでしょうか。評価の難しさが言われますが、第1点の問題は、措置制度の廃止による公的責任の後退が引き起こす問題の解決がうまくいっているのかどうか、です。第2点は、本当に利用者の要求を満たすサービスの質の向上が実現しているのかどうか。第2点に関しては、サービス量の不足を補えているのかどうかも問われます。サービス提供者の拡大によって、サービスの質にばらつきが出ているのは事実です。この評価を誰がどうやって行うのか。施設などの場合、利用者や家族による評価は難しい部分があります。
施設に関して「レモン市場問題」は存在すると思います。レモンはアメリカの俗語で質の悪い中古車を意味します。レモン市場では売り手は取引する財の品質をわかっていますが、買い手は財を購入するまでその品質を知ることができません。ですから買い手は安さを追求し、結果売り手も質の良い財を市場に出すことを諦める。その結果、市場には質の悪い財だけが出回ることになる。
ネットオークションもこの危険があると言われましたが、マイナス評価ではなくプラス評価を付けるやり方によって、レモン市場にならないで済んでいると言われます。しかし、施設に関してはこれができるのかどうか。家族が施設を見学したり、時折訪問したからと言って、本当に分かるのかどうか。施設の内部事情はそれほど外部に出回りません。客観的に分かるのは、立地条件や建物の在り様、値段、介護者の数の比率などです。サービスの質自体は、入って見ないと分からない部分が大きいです。かつ入居者・入所者さんに認知症状が出ている場合、彼らが評価するのには無理があります。
サービスの提供量の問題もあります。この絡みで、介護福祉士の試験ルートは実務経験者にも開かれています。しかし、現場で介護福祉士としての理念まで学び取ることができるのかどうか。技術は確かに現場経験を積む必要がありますが、その前に、介護とは何か、介護福祉士の目指すものは何かをどうやって学び取っていくのか。現場の忙しさの中で、そういう理念的なものを考えたり、学ぶ時間は取れるのでしょうか。いまだに介護とは3大介護(入浴・排泄・食事の支援)である、というところで現場は止まっている気がします。それはまた、一般の介護のイメージでもあります。