宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

義務と責任

 緊急事態宣言が、東京都・千葉県・埼玉県・神奈川県の1都3県から、栃木県・岐阜県・愛知県・京都府大阪府兵庫県・福岡県の7府県に追加で出されました。11か国・地域との間で例外的に認められていたビジネス関係者の往来も停止。新規入国者も原則認めない方針になりました。緊急事態宣言と往来停止期間は2月7日までです。

 これらはほとんど強制力のない要請です。国民に注意を促すための宣言ですが、これは政治家の国民に対する責任から生じると言っていいのでしょう。では、国民はこれに対しどのように対処すべきなのか。それとも「すべき」はないのか。

 まず、義務と責任は同じでしょうか。義務を引き受けて(誰かや何かに対し)責任を全うするということはあります。義務や権利には、一般的に「人間としての」という言い方ができますが、責任がくっ付くと、特定の人やものとの関係になってきます。「人権や(人権から派生するものとしての)人間としての義務というものはあっても、すべての人が負うべき『人間としての責任』という範疇は存在しない」(50頁)と、キャロリン・ウィットベックは『技術倫理』(みすず書房)の中で述べています。

 権利とは、その権利を持つものが持って当然であるものを持つこと、それへの正当化された要求、資格、主張のことです。権利という言葉は17世紀になって生まれたもので、人権という考え方が広く受け入れられるようになったのは、18世紀の啓蒙時代のことです。道徳的権利とは基本的人権と言われているものです。

 権利と対をなすのが義務ですが、これはある行動への道徳的要請のことです。何かをしなさい、あるいは何かをしてはいけないという道徳的要請です。責任は応答性を持つもので、自分と関係のある誰かや何かの福利が問題となるときに生じます。

 最首悟さんは、権利は社会レベルだが義務は個人レベルだと言います。権利は社会的に成立しますが、義務は個人に内属するというのです。

 シモーヌ・ヴェイユは、宇宙にただ一人しかいないと仮定するとき、その人間はいかなる権利も持たず、義務のみを有する、と述べています。

 ひとりの人間は個人として考えられた場合、自己自身に対するある種の義務をも含めて、ただ義務のみを有する。これに対して、かかる個人の観点から考えられた他人たちは、ただ権利のみを有する。(『根をもつこと』)

 義務は、例えば他者の人権を尊重する義務は、すべての人間に課せられます。しかし他者の人権を尊重する責任は、もっと限定的にその「他者」と関わる人間に課せられます。

 責任に関して、より普遍性を主張する立場はハンス・ヨナスに見られます。自己決定から責任が生じるという自己責任がありますが、これと区別して、ハンス・ヨナスは滅びゆく「他者」への責任を言います。完全さから程遠い偶然に生じた対象は、現存していると言うだけで「私の人格を供するように私を動かす力を持たなければならない」し、事実そうできるとヨナスは主張します。なぜなら、「こうした現存する存在に対する責任の感情」が経験的事実として存在し、そのリアルさは「最高善を経験する場合の、最高善を欲求するという感情」と同じだと言います。この責任は非対称的見返りを求めない責任であり、その典型として親の子どもへの責任と政治家の責任が上げられています。そして、「客観的責任性と主観的責任感情との合致の基礎的な原型」が、子孫を思いやる自発的な気持ちだと言われます。

 さて、責務の根拠についてハンス・ヨナスは、「責任の対象は、滅びゆくものであり、滅びゆくからこそ責任の対象になる」。なにものかが存在しなければならず、そして人間は責任能力を持っている。責任能力を持つことが、現実において責任を果たしているかどうかに関わりなく、責任を持っていることを意味していると言われます。不確実で滅び行くはかなさをもつ存在(人間を含めすべての存在)が、紛れもなく存在していることを通して、責任の感情を動かすというのです。

 私たちが存在しているということそのことから直接生まれるのは、義務であり責任であるということでしょう。責任を感じるとき、例えば親は子どもに口うるさくなったりします。しかし、責任を果たすのは親であって、子どもは親に対し応答する責任があるのでしょうか。あるいは従う義務があるのでしょうか。

 義務や責任の対象者は、逆に義務や責任を持つ者に対し、道徳的にはどのような対応関係にあるのでしょうか。政治家の責任に対し、国民が有するのは何か、ということです。権利なのでしょうか。しかし、例えば、職場の上司が部下に対して監督責任を持つとき、部下は上司に対して従う義務があるのでしょうか。それは職場規定としてはあるでしょう。しかし原理論として成立する関係なのでしょうか。

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              2021年1月13日平磯海岸 

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