宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

日本の近代化と機能としての文化

 昨日今日とお天気も良く、暖かです。今年は紅葉がきれいだそうです。

 昨日、三谷太一郎さんの『人は時代といかに向き合うか』(東京大学出版会)の森鷗外歴史認識を論じている部分を読みました。鷗外が、文学者としての自分と官吏としての自分との間の葛藤をいかに乗り越えようとしたか。そこに「かのように」の哲学が使われたと言われていました。つまり、事実から区別されたフィクション(例えば神話としての天皇制)というものを、事実である「かのように」尊重する立場を持っていることが、自由への志向と秩序への志向を両立させる唯一の立場、という考え方です。そしてこの「かのように」の哲学は日本近代化を貫く基本的な哲学であった、と三谷さんは主張します。

 日本の近代化はヨーロッパをモデルとしましたが、日本にとってのヨーロッパ化、すなわち近代化は前例のない歴史形成のための実験でした。ヨーロッパはあくまで歴史的実体であって再生産されるものではありません。そこで日本のエリートたちは、ヨーロッパを、歴史的実体としてではなく、導入可能な機能の体系とみなしたというのです。その際、機能化が一番難しいのがヨーロッパ文明の基礎をなす宗教でした。しかしこれも機能として捉え、キリスト教がヨーロッパにおいて果たしている機能を天皇制で果たそうとした、と言われています。天皇制をヨーロッパにおけるキリスト教の「機能的等価物」として考えたということです。つまり、天皇信仰というものこそ、「かのように」哲学のいうフィクションとしての信仰、機能としての宗教でした。

 機能の体系としてのヨーロッパ、という発想は合点がいきます。第2次世界大戦後、日本がモデルとするものはヨーロッパからアメリカへと変わりました。ここでもアメリカという歴史的実体と切り離して、民主主義とプラグマティズム哲学及び実学の伝統を、機能として受け入れようとしてきました。その結果、目先の経済効果によってのみ学問を評価する風潮が作られました。現在、基礎研究へ予算を付けないで、即結果を出す分野への偏りが加速され、研究の創造性を生み出す「ゆとり」は、批判の対象とされるようになっています。

 文化というものの持つ歴史性の厚み。思想だけでなく技術もまた歴史実体としての厚みを持ちます。私たちはそれらを歴史から切り離して、その本質を機能的なものとして理解できると考えてきたと思います。このような歴史軽視の姿勢は、明治近代化に端を発しているのかもしれません。

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          空の青さが目に染みます(11月13日水戸駅南口ペディトリアンデッキにて)

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