宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

「まあ、ちょっと、取りあえず、これで完成としますか」

 タイトルの言葉は、ある認知症高齢者が、カレンダーを作ったときの言葉です。あまりに状況にぴったりの発言でしたので、スタッフは大笑いしてしまいました。それなりに出来上がったカレンダーで、もう少し手を加える余地も残っている。そういうカレンダー作製に対して発っせられた言葉でした。

 認知症状の出方はさまざまです。中核症状と言われるものでも、人によって出方が異なります。よく言われる記憶障害。年を取ると記憶力は衰えていきますが、通常は忘れたことに気がついています。何かの拍子に思い出したりもします。認知症による場合、忘れたことの自覚がありません。私も、ものをどこへ仕舞ったか忘れてしまい、探し回ることが結構あります。認知症によるもの忘れは、片づけたこと自体を忘れます。場合によっては、盗まれたと思って大騒ぎをしたりします。そのこともすぐ忘れますが、ただその経験の最中に抱いた感情は記憶しています。これはどういうことでしょうか。

 家族などから注意され、怒りを覚えたり悲しみを覚えたりすると、その感情は記憶しています。注意されたことの内容や理由(理解出来なくなっている場合も多々あります)は忘れてしまいますが、そのときの感情は覚えているので、注意した人の表情や声音には敏感に反応します。

 これは認知症状に関わる記憶障害や見当識(場所や時間や人を把握する力)障害、失認・失語・失行、遂行機能障害(目的に適った行動の計画障害・実行障害)、判断力障害などが主に大脳新皮質の機能なのに、感情は古い皮質と言われる大脳辺縁系、特に扁桃核が関わるからです。また、記憶障害に関しては、新しいことは忘れてしまいますが、昔のことは覚えています。アルツハイマー病で最初に病変をきたすのが、海馬という大脳辺縁系の一部で、ここは主に短期記憶が関わっていると言われます。選別されて大脳新皮質に送られた記憶が長期記憶です。記憶が蓄えられているのは側頭葉ですが、記憶が蘇るときには前頭葉から「読み出し」のシグナルが行くようです。

 さまざまに認知症状を示しながら生きる高齢の方たちは、豊かに蓄えられた対応の仕方を、自分ではコントロールできない状態にあります。彼らに心惹かれるのは、こちらの関わり方やその時々の状況、レクの題材などが「一人ひとりの生き様」を思いがけないカタチで引き出し、意表を突かれるからなのかもしれません。それらはマキャベリ的知性(駆け引き)も含め、ある種無防備に差し出されます。子どもが無防備に自らを差し出す姿に、大人はふっと心がほどけます。ただ、どちらにも、ケアする側の半歩引いたポジションと、まずは楽しむ余裕が必要なのでしょう。

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