宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

ニーチェ『ツァラトゥストラ』5:10年の隠遁

 今日は雨降りで一日が始まりましたが、昼過ぎころから陽が射したりし始めました。一日曇りか雨かと思っていたので、陽が射すと嬉しいです。夕方にはまた小雨が降りました。

 『ツァラトゥストラ』序説は、彼の10年間の隠遁とその終わりの時が来たことを告げることで始まります。ツァラトゥストラは、アヴェスター語表記Zaraθuštra(ザラスシュトラ)をドイツ語読みしたものです。日本では古代ギリシア語での呼称ゾーロアストレースに由来する英語名の転写ゾロアスター(Zoroaster)の名前で知られています。

 この伝説のゾロアスターが実在したことは事実のようですが、その生没年代や活躍時期には定説がありません。紀元前1200年から前600年頃に生存したと言われます。神官一族の家に生まれ、20歳ころから放浪の旅に出て、30歳ころにアフラ・マズダの啓示を受けて聖典『アベスター』を書き、布教活動に入りました。40歳代でイラン王の宮廷に招き入れられ、ゾロアスター教ササン朝ペルシア(紀元後3世紀)で国教になり、イスラムが7世紀前半にイランを征服するまで続きました。古代ギリシアでも知られていて、またユダヤ教を経てキリスト教にも影響を与えています。3世紀から4世紀頃に、ソグド商人が中国にも伝えて、拝火教(祆教けんきょう)と言われます。

 世界を善悪二元論で捉え、最終的に最高神アフラ・マズダによって、善の勢力が勝利を収めます。そしてゾロアスター教には最後の審判の考え方があります。世界の終焉後に、人間が生前の行いによって天国か地獄へと振り分けられるという信仰です。キリスト教イスラム教に特有の概念ではないのですね。

 しかし、なぜニーチェはわざわざゾロアスターを主人公に本を書いたのでしょうか。ディオニュソス的なものを表現したかったとするなら、なぜゾロアスターなのか。ニーチェは『この人を見よ 人はいかにして自分が本来あるところのものになるのか』の「ツァラトゥストラはかく語った」で、次のように述べています。

  「ツァラトゥストラその人が、典型として、私の念頭に浮かんできた、いやもっと正しい言い方をすれば、彼が私を襲ったのであった‥‥」

 ツァラトゥストラは10年山籠りをしますが、ここにはイエスの40日間の「荒野の誘惑」――公生活に入る前に必要な経験――の物語に対する対抗意識が働いている、と吉沢伝三郎さんは訳註で書いています。イエスは未熟であったと言いたかったのだと。ゾロアスターの10年の彷徨が下敷きになっていると思いますが、ゾロアスターは30歳で布教を始め、ツァラトウストラは40歳という成熟した年齢で説教を始めます。ツァラトゥストラの没落の物語の初まりから、いろいろな背景設定が含み込まれていることが分かります。それもおそらく一瞬にして結実した設定が。

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