宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

『改訂御定法』(山本周五郎)

 久しぶりに山本周五郎の短編を読み返しました。これは私の好きな短編で、プロットも登場人物も気に入っています。映像化するとしたら、誰かななど思いながら読んだりもします。

 町人資本が勃興した時代の話なので、元禄(1688-1704)時代以降。主人公のいいなずけ河本佳奈が、元禄袖の常着に半幅帯という略装という表現もあるので、江戸時代中期の町人経済が武士を圧迫していく時代を背景に、武士としての生きざまを描いていると言っていいでしょう。まだ江戸後期程には、社会状況が混乱していない感じがしますが、それでも江戸初期の統一貨幣制度の導入が町人資本を成長させ、武士が金に振り回され始めている状況が伝わってきます。

 江戸時代の金貸しは、「両替屋」が行っていました。元々は金銀銅貨を両替するのが仕事でしたが、副業として預金業務と貸付業務を行っていたようです。両替屋からお金を借りられるのは、余程信用がある者に限られていました。また、大名などは身分にもの言わせて、踏み倒しもしたようです。大名貸し潰しが頻発するようになると、両替屋同士が大名貸しに対し企業連合を結成しました。

 まあ、武士が身分と権力を立てに借り倒しをする、ということは大名レベルでなくともあり得ます。この話は、町人が武士を訴えることができるように改正された御定法を背景に、商人と武士とが、お金とどう向き合うかをめぐって展開されます。

 この御定法の改正は行きすぎだと反対したのが、若き日の主人公中所直衛で、彼は若き藩主甲斐守教信に疎まれ、閑職に追いやられました。それから7年後、中所が案じていたような事態が起こりました。武士が借金まみれになって訴えられ、友人の町奉行で佳奈の兄である河本宗兵衛に相談されます。直衛は「自分ならこの裁きをつけられる」と引き受け、見事に裁きました。商人が武士に藩を担保に金を貸すという事態に釘を刺したのです。いざとなれば、訴訟を起こして金を取り戻せる、だから武士に金を貸すし、武士もついその手口に乗ってしまう、という危険を除きたかった、と直衛は終幕で言っています。

 直衛は、金を借りて問題を起こした矢堂玄蕃を嫌っていますが、それはその生き方への疑義であり、この問題に関しては武士としての面目を立てさせ、かつその身の処し方にも、自ら悟って腹を切るという結末を用意しました。また藩を担保に(裏業として)金を貸した要屋主従を30日の入牢としました。しかし玄蕃には、直衛自身が料亭難波から5年がけで借りた金を渡して、要屋に返させます。借りは借りだからと。そして要屋主従も10日もしたら帰宅させようと、その目的が釘を刺すことだったと分かるような結末になっています。

 よく出来てるなあ、と何度読んでも感歎する短編です。情も理もある筋立てです。怒った顔がきれいだという佳奈の造形も好ましいし、頑固で癇癪もちの城代家老朝倉摂津に対しても、一歩も引かない直衛の性格にもほれぼれします。江戸時代をもう少し調べようかなと思いました。

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