宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

アドラー心理学

 今日は午後、利用者さんたちと一緒にたこ焼きを作って、おやつにしました。皆さん、たこやネギを切ったり、粉を混ぜてたこ焼き器に流しいれ、トッピングしたりして、楽しそうにおやつ作りをしていました。自分たちで作ったたこ焼きは美味しかったようです。一緒に何かをすることで、表情が生き生きしていました。

 仕事の帰りに、書店でアドラー心理学に関する本2冊ほどに、ざっと目を通しました。テレビドラマの「嫌われる勇気」は時々見ていました。最後の真犯人をめぐる話の展開の辺りは、はっきり言ってよく覚えていません。

 フロイトユングには興味があって、何冊か読みました。ただアルフレッド・アドラーの個人心理学の考え方には、あまり興味を引かれませんでした。でもこのところ書店に行くと目につくので、気になっていました。

 個人心理学と自我心理学の違いって何?的な初歩的な疑問も生じています。自我心理学は、もともとはフロイトエス衝動・超自我・自我の理論から来ています。フロイトでは無意識に焦点が当たっていて、自我は調整者ですが、自我心理学は自我を人格の中枢存在として、自我の役割をもっと積極的なものと捉えています。個人心理学は、フロイト的なこころを分析した捉え方を否定して、個人を分割不可能な最終単位として考えるということのようです。

 個人主義かといえば、ちょっと違って、もちろん個人の心的トータルな展開を目指しますが、共同体感覚を大切にします。これは人の所属欲求や承認欲求の根源性を言っていると思います。ただし、「和を以て貴しとなす」とは異なっていて、自分から他者や社会と関わることで充実することを目指します。他人からの評価を否定しませんが、それに振り回されることから自由にならないと、幸福にはなれません。

 アドラーは、人間の抱える問題の根源には人間関係があると捉えていたようです。その関係性を良好にしていくのが、「褒める」のでなく「勇気づける」という関わり方です。とても分かり易いポジティブな人間関係づくりを目指す技法を語っているなあ、と思いました。ただ、彼は心理学者ではなく哲学者であるというような解釈には、違うなあと感じました。哲学は根源的な批判的思考だと思います。アドラーは生きる達人を目指していたと思うし、それが何か生き苦しい現代に受けているのかもしれません。

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                夜の平磯海岸

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