宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

那珂湊野外劇第2回「海鳴の宝船歌」

 10日・11日の夕方、しおかぜみなとのグラウンドで、野外劇が行われました。遅れて行ったこともあり、話の内容はよく分かりませんでした。明治43年の海難事故の時代と神話の時代、戦後のGHQ統制下の時代を行ったり来たりしながら話が進みました。脚本は水戸芸術館専属劇団ACMの長谷川裕久さん、演出は黒澤寿方さん。演劇は基本難しいと思っていて、あまり行きません。今回は地元でのことでもあり、野外劇の実行委員長の磯崎満さんに、9月のはまぎくカフェでの講話を依頼していることもあり、ということで見に行きました。

 市民参加型なので、プロとアマとが混じっての劇公演。声はしっかり出ていましたし、ダンスもよかった。何よりも、会場のグラウンドに敷かれたブルーシートから伝わる暖かさと海風の涼しさと潮の香りに、横になって眠りたいくらいの心地よさがありました。

 でもどうして今、明治43年の海難事故を扱うのだろう、と素朴な疑問はずっとありました。船舶技術の進化や気象予報の進化によって、明治43年の漁船大量遭難事故のようなものは、今は考えられません。もちろん、海難事故が無くなっているわけではありませんが、「何を忘れてはいけない」のだろう、と劇が終わってからも考えていました。

 視点を変えて、そもそもこの野外劇は何のためにやっているのかと思って調べてみて、納得がいきました。1回目の野外劇は平成30年(2018)の8月でした。『湊村反射炉物語り』は幕末の天狗諸生の乱(1864年)を扱っています。天狗党首塚は今も残っていますが、この闘いで那珂湊は大打撃を受け、反射炉(1857年完成)は破壊されました。その後模型が復元されています。

 ひたちなか市那珂湊地区は高齢化が進んでいます。街の活性化のために、那珂湊野外劇は企画され、上演されました。その第2回目と分かり、テーマ設定に納得がいきました。市民参加型で、みんなで地元の歴史を知って伝えて行こう、ということでしょう。ただ観劇するだけでは、「そうか」「よく出来ていたわね」で終わってしまいますが、40日間(4月からの土日)練習をするとなると、否応なしに色々考えます。オーディションを受けて参加された方たちは、歴史を身体に刻み込む作業でもあったと思います。

当日の様子。頂いた写真です。写真撮影は禁止されていたので私は撮らなかったのですが、雰囲気が伝わるくらいはOKかな、と。

千葉・茨城教授学研究の会2022夏合宿

 6日午後から7日のお昼まで、久しぶりに対面での夏合宿が開かれました。2020年の春合宿からコロナ禍で中止になり、それ以降オンライン対応でした。コロナ感染が落ち着いていた時期に今回の合宿は計画され、それ以降の感染急拡大の中、事務局の方々は悩まれたことと思います。初めから人数を制限しての募集でしたが、さらに、医療用抗原検査を受けて証明書をもらって参加、という条件付きで合宿が開かれました。

 コロナ感染はまだしばらく続きそうです。どういう対応をしていくか。その時の感染状況を見極めて、感染しないように対策を取りながら、行動する以外に道はなさそうです。いつまでも人間同士の接触を避けていては、別の問題が生じてきます。人間関係は問題ももちろん生みますが、やはり人間にとって原点的場だと思います。

 模擬授業では、同じ問題に対する他の人の視点を、即座に追体験できます。これは他の人の視点を共有して、自分の視点が進化する体験と言えます。「え、そう読む?」や「あ、そうか」がどんどん連動していって、行ったり来たりしながらも、読み方が自分にも納得がいくものとなっていく。

 自分一人で、「批判的読み」をするのは結構時間がかかりますが、模擬授業では、次から次へと視点の転換があって、頭の中をぐるぐるかき回される感じがあります。「正解」への拘りを捨てれば、こんなに刺激的体験はありません。

 人それぞれの遠近法に、日常生活でも気づかされることは多々あります。ただ、そこにそれほど関わることなく、日々の生活は回っています。この研究会の合宿の面白さは、それぞれの遠近法に、互いに注目し合える時間であることかなと思っています。

          模擬授業「物語りを20文字にまとめよう!」

県警本部見学

 今日は今夏一の暑さでは、と思うくらいムッとした暑さです。

 29日(金)の午前中、塾の子どもたちの希望者で、県警本部を見学してきました。見学中は大きな声を出さないよう最初に注意され、見学開始。まずはDVDで警察の仕事が紹介されました。警察の仕事を大きく6つに分けて説明していました。

1.地域部(交番や通信司令部)2.刑事部(犯人逮捕)、3.生活安全部(犯罪予防)、4.交通部(白バイ隊・交通管制センターを含む)、5.警備部(災害警備活動)、6.警務部(警察を陰で支える。カラーガード隊・音楽隊・被害者の心のケア)

 そのあと、通信司令部を窓越しに見学し、110番通報の実習をさせてもらいました。やりたい子が二人いたので、じゃんけんで勝った方の子が挑戦。まず、110番通報すると最初に「事件ですか、事故ですか」と聞かれることや、起こった場所、時間、概要、けが人がいるかどうか、電話した当人の名前が聞かれることを教えてもらいました。手順は実習用の電話機の脇に書かれています。いよいよ、緊張しながら110番を押しました。しっかりと答えている様子を見て、外に出たときどうするかは分かっているし、ちゃんとできるんだと、再確認(弘道館見学の時もみんな熱心に静かに見学していました)。

 最後に信号機の説明を受けました。「なぜ赤信号は右側なのか分かりますか?」と質問され、みんな顔を見合わせていました。「日本の車はハンドルが右側で、ドライバーの注意が行きやすいように右側なのです」と説明を受け、私もそうだったと(去年も聞いている)思い出しました。青信号の古いタイプと新しいタイプも実物大で見せてもらいました。子どもたちを自宅まで送って行ったとき、「あ、こっちは古い方だ」「ここのは新しい」とチェックしていたそうです。

 昼食後にお礼の手紙を子どもたちに書かせたところ、しっかりとした表現やパトカーの絵まで上手に書かれていて、驚かされました。文字が乱れる読み書き障害の子も一生懸命書いていました。この子は通常は文字を書くことを極端に嫌がります。

 体験の効果の大きさ。もちろん体験させればいいというのではなく、そのさせ方やその後のフォローが重要であることは言うまでもありません。

                      DVD視聴       

「響雅」演奏

 毎日暑い日が続いていますが、27日(水)の午後、保育園のホールをお借りして、響雅の演奏を聴く会(はまぎくカフェ第16回)を開催できました。和太鼓の振動は床も階段の横板も振動させていました。部活の関係で、中高生の参加が少なかったそうですが、総勢だったらもっとすごい迫力だったと思います。

 ビデオ撮影もしていたのですが、振動で機器が揺れて、微妙に画面がずれた様です。床に直接座ってスマホで録画した画面の方が綺麗でした。身体が振動を吸収する力を持っているのでしょう。身体は、振動を吸収することでバランスを保つ働きをもっていて、機器は恐らく設計によってそれらの問題をクリアしていきます。身体は、体温調節機能のようなホメオスタシス(恒常性)を、振動に対しても発揮するのではないでしょうか。

 アメリカのW・キャノン(1871-1945)は、ホメオスタシスを「変化しつつも安定した定常的状態」を意味する(『日本大百科全書小学館)、と言ったようです。人間の体温は自律神経系の働きによって、自動的に調節されるとキャノンは考えたそうです。動物はこのような自動制御能力によって、外部環境からの自由度を獲得します。人間の身体というか生命体の適応の構造って凄いなぁ、と改めて感じました。                     

           「祭祀」:この曲で関東大会に出場予定

   「祝祭」:「祭祀」を複雑にした曲。昨年の全国大会出場予定曲。コロナ禍で出場を断念

          「祝祭」後半。前列で打っている高校生は、太鼓歴15年 

                アンコールを全員で演奏           

 迫力がありました。体験コーナーがあって、打たせてもらえましたが、叩くとバチが滑って音が勝手に「タタン」になります。難しいなぁと思いました。

プロダクティブ・エイジング

 昨日は「はまぎくカフェ」の打ち合わせでした。その前に、査読をしていて、論文中に「プロダクティブ・エイジング」という言葉がありました。高齢者に関する高等学校の倫理・公民の教科書記述を分析した論文です。初めて聞く言葉で気になって調べました。

 1975年にアメリカの老人学で著名だった精神科医ロバート・バトラーが提唱した言葉です。彼は、エイジズムという年齢に関する固定観念や偏見を表現する概念を出しています。

 プロダクティブ・エイジング(生産的高齢者)というのは、有償・無償に関わらず、生産的に社会に関わっていく歳の取り方です。高齢者の社会貢献という考え方を切り拓いた、と言えます。社会貢献はもういいよ、という考え方もある。ただ生きがい、という観点からすると、キーワードの一つではあるでしょう。

 バトラーは、若い世代に依存する高齢者という高齢者像を変えるのに、大きく貢献した人です。いわゆる社会的生産年齢の後に、死の前には長い時間があり、高齢者問題というのは様々あるなぁと思います。死に辿り着くのも大変です。

 少なくとも「はまぎくカフェ」は、プロダクティブ・エイジングの活動だと思いました。

       クルクマ、ベッチーズブルー(瑠璃玉アザミ)、撫子、雪柳(7月15日)

弘道館

 16日に弘道館に行ってきました。塾の子どもたちを引率して行ったのですが、説明してくれる方がいたので、子どもたちは面白かったようです。弘道館は、1841年に水戸藩の藩校として設置され、15歳以上で入学が許可された諸士が学んだ学校です。入学式はあっても卒業式はありません、という説明に子どもたちは驚いていました。生涯教育という言葉がありますが、学び続けるようにということです、と説明され、子どもたちは顔を見合わせていました。40歳以上からの登校は自由だったようです。

 15歳になるまでは、藩が指定した家塾や私塾で学んだようです。弘道館の創設は他の藩校に比較して遅いですが、学びの場は確保されていたので、そのために作られた学校ではないとの説明でした。幕末期に尊王攘夷を教育目的に作られた学校です。尊王攘夷という用語は、「弘道館記」において初めて登場したそうです。

 「弘道館記」には尊王が学問の目的であり、攘夷が武道の目的と明言されています。「弘道館記」は藩主斉昭の名で世に出されましたが、草案は藤田東湖が書いて、会沢正志斎らが意見を付加したものです。

 弘道館の教育の要点は次の文章に集約されていると沖田行司さんが書いています。『藩校・私塾の思想と教育』(日本武道館、2011年)に「弘道館記」から引用されて、その説明がついています。

 「神州の道を奉じ、西土之教えを資り、忠孝は二つ無く、文武は岐れず、学問と事業はその効を殊にせず、神を敬い儒を崇び偏党あるなし。(「弘道館記」『水戸学』日本思想体系53、原漢文)」

 日本の道を奉じて儒学の教えから学び、忠と孝を一体のものとみなし、文と武は目的を一にし、学問とその実践は結果において一つのものになる。神道儒教はともに尊崇して片寄るところがあってはならないと説いている。(174-175頁)

 忠と孝が基本価値だった時代の思想として、妥当な教育目的だった気がします。ただその結果を考えた時、どう評価していいのか。

               弘道館から大手門へ

           大手門から弘道館を撮影

五島美術館

 本当に久しぶりに鰻を食べました。土用の丑の日に鰻を食べるのは、江戸時代からの風習のようです。平賀源内(1728-1780)が、その立役者と言われていますが、真偽はよく分からないようです。ともあれ、四立(立春立夏立秋立冬)の前の約18日間を土用といいますが、その間の丑の日を「土用の丑」といいます。現在は、「土用の丑」と言うと、夏の土用の丑の日を言って、鰻を食べる日、みたいになっています。今年は、7月23日(土)(一の丑)と8月4日(木)(二の丑)の2回あるようです。鰻は体力をつけるのにはよいと言われます。

 その後、五島美術館に行ってきました。東急電鉄の事実上の創業者と言われる五島慶太(1882-1959)氏が残した蒐集品を展示する私立の美術館です。展示されていた作品も面白かったし、素晴らしい価値のあるものも多いんだろうなぁと思いながら観覧しました。

 庭園は素晴らしかったです。多摩川武蔵野台地を浸食して出来た「国分寺崖線」上に位置する傾斜地で、そこに石仏が沢山ありました。五島慶太氏が自分の散策用に、自然環境をそのままにして、石塔や石仏や石灯篭を配置したものがベースで、できる限り変更しないで残されているようです。まさに足腰を鍛錬する庭でした。五島慶太という人を少し調べるて見ると、こういう庭が好みだろうなぁと思いました。剛健というイメージです。でもやたら石仏がありました。これは彼の両親が熱心な仏教徒であったことと関係があるのかもしれません。庭園を歩きながら、武蔵野の雰囲気を感じました。

         2022年7月10日 五島美術館入り口と庭園

h-miya@concerto.plala.or.jp