宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

緑の季節

 6月は何となくじめついています。でも緑がきれいです。5月の新緑とは異なった瑞々しさがあります。雨が多くなるせいでしょうか。これはカラマツです。カラマツがこんなに緑色をしているなんて、この季節でなければ見られない色合いです。

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        6月13日冨士山5合目中道のカラマツ(知り合いの方から頂いた写真)

 

 水田風景も、5月は水の美しさが際立っていました。5月の水田の夜の風景は、水面に灯りが反映して幻想的でした。6月になると稲が育ってきて、水田が緑に色づきます。

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               6月8日の水田風景

 今年もコロナ感染がなければ、千葉市に仕事で行く予定でした。またハスが見れるかな、と楽しみにしていましたが、残念ながら行けませんでした。下は、2019年の千葉公園で撮った大賀ハスの写真です。

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              2019年6月17日千葉公園大賀ハス

枝画の鑑賞方法

 水曜日(16日)のはまぎくカフェは、「枝画の楽しみ方」でした。枝画とは、絵の輪郭線に「木の枝」を使って、それを平板上に「漆喰」で固定します。そののち、枝で構成された輪郭線の中を絵の具で彩色した作品です。

 枝画の創始者柴沼清さんが、現物を8つ持ってきてくれ、パワーポイントを使って解説してくれました。枝画の鑑賞は、受け身で作品を味わうだけではないことを教えてくれました。

 一番対象を客観的に捉えるところから見ることを、メルロ=ポンティは「最適性」と言いました。その時実現しているのが特権的知覚であり、その定点が「成熟点」と言われます。対象までの距離、対象の向き、対象の現われの三つの規範を同時に満足させるような成熟点があって、知覚の全過程はこの点に向おうとする、と言われます。通常の絵画にはこのような「成熟点」が一つあります。

 枝画では照明の位置によって、あるいは朝・昼・晩の光の状態、晴れ、曇り、雨などの天候によって、作品の表情が大きく変化します。見る角度によっても見える「影」と隠れた「陰」が微妙に交差することで、作品の表情が変わります。同じ作品なのに、微笑んでいるように見えることもあれば、悲しみを表現しているようにも見えるのです。

 枝画の「成熟点」は一つではないのです。これはかなり革新的な鑑賞方法を切り拓いている画法と言えるのではないでしょうか。

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遊びの力

  そろそろ梅雨入りかなぁ(14日に梅雨入り宣言が出されていました)と思う曇り空が続いています。体調にも影響しますね。こういう時こそ、「遊ばにゃそん、そん」。下は、枝を使った工作です。

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       「枝で遊ぼう」の試作品(モミジバフウの実、萩の枯れ枝、粘土、ネット)

「遊びをせんとや生まれけむ

 戯れせんとや生まれけむ

 遊ぶ子どもの声聞けば

 わが身さへこそゆるがるれ」

 これは『梁塵秘抄 』の有名な歌です。以前にもこの話に触れたことがあります(2020年1月2日)。『梁塵秘抄 』は平安時代後期の今様歌謡集(1180年前後)で、後白河院(1127-1192)が編纂させたものです。今様というのは、今でいう流行歌で、鼓の伴奏などで歌ったようです。現在音楽の次元は失われています。

 ところで、この「われ」は遊女という説があります。「遊ぶ子どもの声聞けば」の部分を、私は大人一般の心のざわめきと読んでいました。でも、「日常の仕事をやめて何かをするのが、アソビの本義である」という立場に立てば、大人がそうそう子どもの遊ぶ声を聞いて、心をそそられ身体が動きだしたりはしません。仕事を離れた高齢者の場合は、うずうずするかもしれませんが、自分からは遊びに乗ってこない、レクリエーションを拒否する高齢者も多いです。また、自分がやって面白ことに大人は心をそそられます。歌う声に自分の身もゆさぶられる、というのは、それが自分にとって身近だとも言えます。歌うことや遊ぶ内容が、ぴったり来ないとき、大人は乗って来ません。自分たちで「遊びの企画」を考え、実行する中で得た実感でもあります。

 だとすれば、この「わが身」は一節にあるように、遊女(のわが身)と解するのが妥当なようです。遊女は単なる売笑婦ではなく、歌舞を表芸とする妓女でした。遊女がアソビ、アソビメと呼ばれるのは、歌舞音曲を演ずるのがアソビだからです。遊女(アソビ)は今でいうプロの歌手と言ってよさそうです。遊ぶ子どもの姿を見るのでなく、「声聞けば」という部分からも歌舞音曲を生業とする存在のあり様につながって行きます。

 ともあれ、「遊びをせんとや‥‥」のこの歌は、時代を越えて心に響いてくるものがあります。遊びを生業とするわけでない大人も、遊ぶ子どもの声を聞くと、心を揺さぶられるものがあるのは事実でしょう。「遊びの力」をますます身近に感じて来ています。

カントの統制的理念

 インクルーシブ社会の話を授業の中でしたときに、ある学生さんの感想に、障害を持っている人への差別を無くすことは現実には難しい、という意見がありました。差別を無くして共同社会(インクルーシブ社会)を実現するというのは、現実には達成不可能なものと言えるかもしれません。しかし、現実に達成不可能なものは、間違った目標なのでしょうか。

 イマヌエル・カント(1724-1804)は、理念の統制的使用という考え方を出しています。理念(イデア)とは、カントの用語としては、純粋性概のことです。西洋哲学では対象を理解する能力が悟性であり、その理解をもとに推論するのが理性と捉えられています。カントにおける感性、悟性、理性の使い方で言うと、まず、感性能力が物自体に触発されて、時間・空間という直観の形式で多様な現象を受け取ります。それを人間の心のうちにあらかじめ備わっている把握形式、量・質・関係・様相という観点で捉えます。この把握形式(判断形式)が純粋悟性概念=カテゴリーと言われます。対象を理解する(understanding)というのは、AはBである、というような判断を行うことです。理性はこれら概念によって抽象的思考を展開する能力のことです。

 悟性によって現象を把握しているだけでは、世界に統一感はありません。人間以外の動物には悟性はあっても理性はないと言われます。ですから、直接的認識(悟性)によって現在の客観に対応できますが、未来や過去という抽象的認識によって計画的行動ができるのは人間だけと言います。理性は、悟性認識を統一へ導くと言われます。

 この理性が超越論的原理として据えるのが理念なのです。

私は理念を、それに合致するいかなる対象も感官において与えられえない必然的理性概念と解する。‥‥(筆者中略)‥‥この理念は勝手気ままに仮構されたものではなく、理性自身の本性によって課せられたものであり、だから必然的に全悟性使用と連関する。最後に、この理念は超越的であり、すべての経験の限界を超え出るのであって、それゆえ経験においては、この超越論的理念に十全に適合するような対象は、けっしてあらわれえない。(カント『純粋理性批判』A327)

 このような理念は統制的に使用されるべきであって、構成的原理と見なしてはならないとされます。キャスリン・ブラウンはカントの人間性の概念をこの統制的理念と解釈しています。パーソン論に見られるような理性をもって人間の尊厳の基本とする、という立場に対し、カントは人間の尊厳を個々人の理知性に依存させなかったと言うのです。なぜなら理性能力は個人において十全に発展しうるものではないからです。十全な発展のためには無限の学習過程が必要ですが、人間は死すべき存在です。それゆえ、人間の理性能力の実現は「人類史の目標であり課題である」とブラウンは述べます。

 実現不可能だが現状に対する批判の源泉であり、向うべき目標を占めす統制的理念と、何かを現実化するための構成的理念とは区別されます。人間の尊厳という統制的理念に基づいて、発達障害学習障害への支援は構成的理念として出されている思います。                                             

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         子どもたちだけで考えて積み上げ、完成! (放課後等デイサービスで)        

「合理的配慮」

 従来の障害者支援の考え方は、 障害者の福祉の増進が基本でした。しかし、改正障害者基本法では、すべての国民が障害の有無によって分け隔てられることなく、お互いを尊重し合って共生社会を実現することが掲げられています。2011年改正の障害者基本法にはこう謳われています。

第一条 この法律は、全ての国民が、障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのつとり、全ての国民が、障害の有無によつて分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現するため、障害者の自立及び社会参加の支援等のための施策に関し、基本原則を定め、

 いわゆる健常者と言われる人たちも、社会生活を営むためには多くの支援を受けています。それは自然災害などにあって生活のベースが崩れたとき、否応なく自覚します。電気がつかない、水が出ない、道路が崩れている、川が氾濫している、物流が止まって日常生活用品や食料が手に入らない、こういうことで私たちの普通に回っている生活は途端に破綻します。インフラと言われているものの破綻がどういう事態になるか、3.11で私たちは経験しました。これらは、一人ひとりが自分で何とかしているもの、何とか出来るものではありません。

 障害を持っている人たちは、さらに別のものが必要だということです。社会制度は障害のない者を基準に設計されていますが、それとは異なった状態の人への配慮が「合理的配慮」と言われます。条約や法律における「合理的配慮」の定義は次のようになっています。

障害者権利条障害(2006年国連総会採択、日本は2014年批准)

第二条 定義

 「合理的配慮」とは、障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。

障害者基本法 (2011年改正)

第四条 何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない。
 社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がされなければならない。

 ここでのポイントは二つあります。合理的配慮は「必要かつ適当なもの」であることと、それが「均衡を失した過度なものに成らないこと」 ということです。まず本人が必要としているものでそれが適当な配慮であることが挙げられます。障害者権利条約は、「私たち抜きに私たちのことを決めないで(Nothing About Us,Without Us.)」というスローガンのもと、多くの障害当事者が条約成立過程に直接関わったという経緯があります。障害者基本法の成立に当たっての推進会議には、やはり多くの障害者が関わりました。合理的配慮とは、周りが忖度するのでなく、本人が必要とするものなのです。

 もう一つのポイントが、配慮が他の人の生活や活動に困難を生じるほどの影響がでるような過重な負担は合理的ではない、ということです。

 そして、障害者権利条約と障害者基本法を実効性のあるものにするために制定された法律が「障害者差別解消法」(2013年)です。正式名称は「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」と言います。ここでは、障害者から障害による社会的障壁の除去要請があった場合、その合理的配慮提供を行政には義務、事業者には努力義務と定めています。

 公共施設にスロープ等が普通に設置されるようになりました。これは合理的配慮の良い例です。公共トイレも新しく作られているものは、車椅子で楽に移動できる通路の広さやトイレ空間の広さを確保しています。

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           5月28日 ひたちなか海浜公園(知人撮影)

インクルーシブ社会へむけての法改正

 教育において先行して使われてきたインクルーシブという表現。これがインクルーシブ社会を目指していることは、既に触れました。このインクルーシブ社会は、「障害者の権利に関する条約」(2006年12月の国連総会で採択)の基本理念の一つとして挙げられています。「私たち抜きに私たちのことを決めないで」をスローガンに掲げたこの条約は、多くの障害当事者が条約制定過程に直接関わって成立しました。発効は2008年5月です。日本は2007年9月に条約に署名し、条約批准に必要な国内法等の整備に着手しました。

 その一環として改正されたのが障害者基本法です。日本の国による障害者施策は戦後、GHQからの指示で社会福祉施策として出され、また憲法に福祉が位置づけられることで、本格的に始まったと言えます。戦前は救貧の対象や精神障害者が治安・取り締まりの対象とされていて、国家の施策対象は、ほぼ戦傷軍人に限られていました。

 1949年に身体障害者福祉法が福祉三法の一つとして出されました。1960年に知的障害者福祉法が制定。1970年にはこの二つの法律の上位法として心身障害者対策基本法が制定されます。1993年12月にこれを改正公布されたものが障害者基本法です。この時精神障害者も、障害者の定義に含まれました。

 障害者基本法は、現在までに2回改正されています。2004年の改正では、障害を理由とする差別が禁止されました。それと都道府県と市町村に障害者計画の策定が義務付けられました。2011年の改正は、「障害者の権利に関する条約」批准のためのものですから、より根本的改正になっています。

 障害者の定義が拡大され精神障害発達障害が含まれました。発達障害者支援法は2004年に成立していますが、障害者として定義に含まれたのは、この2011年改正からのようです。また、「障害者の医学モデル」から「障害者の社会モデル」へと見解を転換しています。つまり従来の心身の機能的損傷という「障害者の医学モデル」から、社会的障壁から日常生活・社会生活に相当な制限を受ける状態にある者(「障害者の社会的モデル」)を含むようになりました。性同一性障害なども対象に含まれることが可能になったということです。

 もう一つは、合理的配慮概念の導入です。合理的配慮概念については、次回に書きたいと思います。

インクルーシブ

 19日の「はまぎくカフェ」で、「パプリカ」を歌いましたが、そのときに「Foorin楽団」の動画紹介がありました。「Foorin楽団」は、「Foorin」と病気や障害のある子どもたち10人が結成したバンドです。「Foorin」の5人にはそれぞれ担当の子どもたちがいます。例えば、「Foorin楽団」のみさきさんは、聴覚障害を持っています。彼女は、手話を取り入れた手歌を、「Foorin」の歌を担当するもえのさんと披露してくれていました。彼女は、楽団みんなの身体の動きやアイコンタクトで音楽を感じることができるそうです。この「Foorin楽団」は、それぞれの特性をいかしたインクルーシブサウンドと銘打って紹介されています。

 みさきさんはとても楽しかった、と手話で言っていました。もえのさんは、みさきさんのことをもっと知りたいけど、どうしていいかもどかしいと言っていました。この動画を紹介してくれたスタッフが、この子どもたちが育ったとき、社会が変わっているという希望を感じたと言っていました。

 インクルーシブという表現は、「排除的・排他的」の反対の意味の言葉です。さらに単に「統合(integration)」というただ障害者を受け入れるだけの状態ではなく、障がいを持っていてもありのままの状態で社会に存在できるように変えることを意味しています。何を変えるのか。社会の環境や障害を持たない者の生活や意識変化が必要なら変えるということです。

 インクルーシブという表現が国際社会で公的に用いられたのは、1994年の「サラマンカ宣言」においてと言われています。この宣言は、ユネスコとスペインが共催した「特別な教育的ニーズ世界会議」で出されたものです。教育の分野でインクルーシブという表現が主として使われてきましたが、それは究極のところインクルーシブ社会の実現を目指す教育ということです。

 「Foorin楽団」の「パプリカ」は、そういう実践の一例と言えます。お題目でなく、共生することを楽しさの中で経験すること。そういう経験を積み重ねることがインクルーシブ社会を作り上げていくのだと感じます。 

h-miya@concerto.plala.or.jp