宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

自助・共助・公助

 

 コロナで追い詰められた人たちの状況の酷さが、報道されるようになりました。シリア難民の状況のあまりの過酷さに、言葉が出てきません。超高齢社会を迎えている日本で、自助・共助・公助が言われていますが、これは社会にある程度のリダンダンス(余剰)があって成り立つものと、認識させられました。

 私たちはヨルダンで起こっていることに、何ができるのでしょうか。まずは自分の領域で行動するしかありません。そして、同時に、他者の状況に関心を失わないことなのでしょうか。

 自分の身体や心理にダメージを受けると、どうしても自分を優先してしまいます。自助は、私たちが生きることの生命活動の基本です。しかし、身の回りへの関心と共助の精神は、心して身体化しておかないと、我欲を丸出しにした我儘が出ます。自助と共助は対をなします。そして公助は、公共とは何かを考える中から出てきます。

 茨城有権者の会の会報『うばら』26号への寄稿から、沖縄の辺野古埋め立て工事再開への抗議活動をしている方が発した、「ヤマトの国民」の無関心への哀しみが読み取れました。私たちは、身の回りのことに意識を取られて生活しています。これはある意味致し方ないことです。

 ただ、自分に直接関わらないことであっても、それが人間の在り方としておかしい、悲惨だと感じられることが発信されたとき、耳を傾ける余裕だけは失いたくないものです。それを分かったように、「そんなことどうしようもない」と突き放す言い方や見かただけはしないようにしたい。理解する努力は失わないようにしたい、と思います。今、直接何もできなくても、知ろうとする姿勢にこそ意味があり、そして知ったことで既に、私の中では何かが変わっている。

 「だから何?」とどうしようもない世の中の不正に耳を塞ぐのは、楽になりたいからだと思います。それに対しすぐ何かをできるなら、恐らく多くの人は不正をただす行動をすると思います。でも、それができないとき、そのやり方を知らないとき、ただただ問題の大きさに気持ちがふさいで、問題から逃げます。自己正当化をしながら。これは自戒を込めて、心に留めておきたいと思います。

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             6月27日埴輪公園にて

ニーチェ『ツァラトゥストラ』8:畏敬を宿すラクダの精神

 『ツァラトゥストラ』は不思議な魅力を持った著作です。大学時代に読んで、引き込まれました。ニーチェの『人間的な、あまりに人間的な』や『善悪の彼岸』は、あまりにも尖った精神の表出のように感じられて、途中で読むのをやめました。それでも『ツァラトゥストラ』を読んだのは、自分が探している何かをぼんやりと感じたからかもしれません。それと卒論にカントを選ぶ気にはなれず、ハイデガーも敷居が高く、まだニーチェの方が言葉が入ってくる感じがした、という理由もあります。

 その当時、精神の三態の変化は、うなずきながら読んだ覚えがあります。「そうだ、そうだ」と。ラクダからシシへの変化は身に染みるような感覚で入ってきました。ただその時代、子どもの精神が最後の段階に位置することは「納得」がいかないままでした。それって桃源郷の話なんじゃないの、と考えたことを思い出します。でも今は、最後が「遊ぶ子ども」ということを、そうかもしれないとかなり納得しています。ここの部分を自分の中で了解したいと思っています。

 さて、ラクダの精神を、ツァラトゥストラニーチェは内に畏敬を宿す精神と捉えています。この畏敬とは何か。吉沢伝三郎さんは、アウグスト・メッサーの解釈を基本的に妥当とした上で、「畏敬とは、敬意を交えた、あるいは敬意によって純化され精神化された恐怖のこと」と述べます。そしてこの恐怖こそが、道徳の本質をなすのだと。奴隷道徳は支配者に対する「恐怖心」の道徳であり、支配者の道徳は「(同等者である)隣人に対する恐怖」だというのです。そして、現代の民衆の良心の本質をなすのは、多数者の権力への恐怖だと言われています。ここを通ることなく精神は、自由へと駆け上ることはできません。

 コールバーグの道徳性の発達段階論の中で、慣習レベルの道徳までは確かに「恐怖心」が見え隠れします。慣習以前のレベルでは、正に「恐怖心」によって道徳はコントロールされています。慣習レベルでは、恐怖心は背景に退いて、共感性や理屈付けが表に出てきます。しかし、恐怖心が克服されているわけではなく、だからこそちょっと斜に構えた人は、そこを突いてきます。でも、この段階では、共感や理屈も現実に作動していて、斜に構えた人間が痛いところを突いてくると思いつつも、浅はかと捉えます。

 コールバーグは、慣習以降のレベルをカント的義務論や聖人・君子(イエス・キリストや釈迦、孔子)の在り様に範を求めました。しかし、ツァラトゥストラニーチェは破壊者としての徹底精神、「われ欲す」というシシの精神への展開を語りました。一方で、それは「没落」への危険な道行きであることも語っています。新しい価値を 創造できない破壊者は、当然のごとく「没落」していくのです。そうやって人間は、超人へと橋を渡ると言われます。

 我欲だけから、社会の掟に背くものは、自分への敬意も失うのです。

 きみは、くびきを脱する権能をそなえた者であるか? 自分の隷属を放棄するや自分の最後の価値を放棄した者が、たくさんいる。(『ツァラトゥストラ』「第1部 創造者の道について」

  それゆえ、シシの精神にもなしえない創造は、遊戯する精神として「遊ぶ子ども」によって成し遂げられる。ここには、大いなる価値転換の思想が語られています。この辺りまで来ると、あまりに理念的すぎる感じもしてきます。むしろ、コールバーグ的な発達段階論の方が納得がいく気がします。しかし、ニーチェが語ろうとした文化論的な壮大な思想的試みに、心惹かれるものがあるのも事実です。

介護と祈り

 7月も第2週に入ってしまいました。今日(5日)といっても、もう日付が変わってしまいましたが、茨城有権者の会の総会がありました。会の参加メンバーはほぼ65歳以上の高齢者です。この会だけではなく、市民運動で自主的活動をしている集まりは、高齢者が中心になっていると思います。シルバーリハビリ体操の講習会で、高齢者の体操の考え方の整理がテキストに載っていました。

 市民活動での中心メンバーは、以下の写真の「元気高齢者」と活動への強い思いを持った「虚弱高齢者」と言っていいのではないでしょうか。「要介護者」であっても活動への強い思いを持っているなら、市民活動の参加メンバーです。

 終末まで、そういう強い思いを持ち続けられるなら、その人の毎日はとても充実していると思います。大田仁史さんは、障害者の生活に関心を持った時に石川啄木の「病みてあれば心も弱るむ」という歌に心を打たれたそうです。そして弱い心とは思いが過去にのみ向いている心ではないか、強い心とは将来に目が向く心ではないか、どんな援助が「障害を負った弱い心の人たちを少しでも強くしてあげられるか」その手段の模索が一生の仕事になった、と書かれています(『茨城新聞』「ドクター大田のリハビリ忍法帖」第641回、2019年12月11日)。

 終末に向かっている人たちの傍に居る介護士は、ソフトランディングとテイクオフに向き合っています。そこにおける希望というのは何なのか。強い心というのが、「次第に目標が遠くに向くようになる心」(大田)とするなら、それはどこへ向かっているのでしょうか。子どもや孫の行く末? 自分たちの子孫への思い? あるいは宗教的来世への確信? 

 どのようなものであれ、介護士としては、死の瞬間が「生き切った」という充足であり、解放への希望であることを願います。介護においてレクリエーションが果たす役割には、現在に閉じてしまう心を解き放って、それぞれの心の中にある潜在的な希望に触れられるようにする、という側面があると思います。そしてその希望は、終末に近づくほどに、不可知な世界への「祈り」の感受性と関わる気がしています。それは介護する側にとっても「祈り」なのではないか、そんな気がします。

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シルバーリハビリ体操指導士3級養成講習会終了

 今日で、シル・リハ体操指導士3級養成講習会が終了しました。修了証書をいただきましたが、あと一回分のレポートを提出すると「3級指導士」が認定されます。認定証は後日郵送されるそうです。7月にフォローアップ講習会が1回あります。なんか久しぶりに「学校」に通って「勉強」している気分でした。よく分からなくても、体系的に何かを覚えることの意味を感じました。身体の部位の名前、関節の動き、筋肉の名前と部位、骨の名前、神経の分け方と片麻痺のポイントという大きな枠組みを自分の中に作った上で、それぞれの体操をやることで、体操のポイントが掴みやすくなります。

 『からだの地図帳』(講談社)を以前いただきましたが、所々、見たくらいでした。今回必要に迫られて、関りの在る所をかなりじっくり見て、見ているうちに気分が悪くなりました。講習会でも、骨の名前を学習した後に、手羽を食べたりすると、手の骨はこうなっているとよく分かりますよ、と冗談で大田先生がおっしゃってましたが、私はそもそも鳥がダメなので、内心、気持ち悪い、と思いました。

 ともあれ、一段落。もう講習会ないと思うと、ちょっと残念な気持ちもしています。身体の部位を覚えるなんて考えもしていなかったので、新鮮で面白かったです。自分たちで始める予定のサロンで、うまく使いこなせるようにしなければ。それと、施設の片麻痺の方たちのリハビリに何かできないか、考えています。

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              紫陽花

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   左から紫の千鳥草、手前中央のピンクのカラー、右が紅色の鋸草

戻りつつある日々

 16日(火)はシルバーリハビリ体操指導士養成講習会の3回目でした。筋肉の部位を19個学習しました。関節の動きが一番難しい部分と前回言われましたが、とんでもない、筋肉の名前を覚えるのも一苦労です。腰方形筋なんて、普通は聞きません。ハムストリングス(太もも後ろの筋肉)とか大殿筋(お尻の筋肉)は最近聞くようになりましたが、前脛骨筋(脛の筋肉)は覚えられません。中殿筋とつながっている大腿筋膜張筋や首の筋肉である胸鎖乳突筋に至っては、何なの?です。でも、その後、トレーニングルームに行って、置かれているマシーンの説明がよく分かりました。今までは、太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)を強化するマシーンをやると、確かに、階段の登りが楽になったから続けようかな、くらいの感じでやっていました。特定筋肉に負荷をかけてその部位を強化する、というのが分かると、納得して、結果トレーニングが続く感じがしています。

 自分たちで立ち上げようと考えている多世代サロンの体操プログラムのために始めましたが、自分のためになっています。トレーニングと自分の身体の維持・強化の関係を何となくではなく、効果を実感しながらやれるんだと分かりました。

 17日(水)は多世代サロン「はまぎくカフェ」準備会第4回目の集まりがありました。自粛期間は2、3人で細々とやっていました。漸く、5人プラス社協の担当者2人で話し合いを持てました。やはり、違った意見、視点が入ると活気が出てきます。計画も実行に向けて推進力がついた感じがしました。10月開催を目指していますが、これも新型コロナの影響によっては頓挫しかねません。予定が立たない状況ですが、取りあえず、開催するということでやって行こうということになりました。

 18日(木)、本日はオンライン授業の日でした。大分慣れてきましたが、学生さんと生で対面できない状況は、やはり心もとない限り。7月からは通常授業に戻りますが、どうか予定通りに行きますように、と祈るばかりです。

 明日は、シルバーリハビリ体操指導士養成講習会第4日目です。体操の内容はドンドン忘れています。テキストを見直して、ああやったやった、と思い出しますが、内容はかなり記憶があいまいです。体操の内容を効果別にきちんと整理しないと、使い物にならないと反省しています。講習会で言われたとおりにやっているだけでも、かなり体調は整って来てはいるのですが、講習会が終わってしまったら、これでは3日坊主になりそうです。

シルバーリハビリ体操指導士養成講習会 2日目

 2日目(12日)の講習会では、関節の動きの名称を覚えることが課題でした。その後、寝て行うシルバーリハビリ体操を25個くらい、実習しました。今日レポート書きながら、すでに忘れていることが沢山あって、これで本当に大丈夫かちょっと不安になりました。指導できるかどうかです。ボランティアの時は、2名1組でということを、すでにボランティアをしている指導士の人から聞いていましたが、納得です。事故の問題もありますが、一人で指導できるかどうかと言われたら、そもそもテキスト見ながらじゃないとできないし、参加者の状態も一人では見きれないなぁ、と思いました。

 関節の動きも肩関節の動きを屈曲、伸展というとき、ピンときませんでした。肘関節を曲げて屈曲、伸ばして伸展は分かりますが、肩関節を前から上にあげて屈曲、下ろして伸展というのは、分かりませんでした。横から手を上にあげるとき外転と言い、下ろすときが内転です。頁をめくるように身体の前から外に腕を動かす動きが外旋で、戻す動きが内旋。この外旋・内旋は感覚的に分かりました。

 前腕(肘から手首まで)をねじる運動に付けられているのが回外と回内という名称です。これは肘関節は関係していなくて、筋肉と骨で動かしています。この前腕のねじりは、弓をやっていたとき、意識しました。私の場合、普通に腕をあげて弓を押すと、肘の部分が後ろに倒れ気味で肩から肘、手首までが一直線になりません。女性に多い腕の構造と、そのとき先生に言われたことを思い出しました。

 身体の動き方、本当に知らないことばかりです。私たちの日常生活動作(ADL)は、こういう身に付いた無数の動作で成り立っていることを改めて理解し直しています。それにしても、名称や運動のやり方、すぐ忘れます。何かは残ることを信じるしかないです!

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テーマは「花の宴」。利用者さんに新聞紙を丸めて貼ってもらい、スタッフが茶色のスプレーをかけて樹を作りました。花も利用者さんとスタッフの共同作業です。 

シルバーリハビリ体操指導士養成講習会

 9日、シルバーリハビリ体操指導士養成講習会に参加しました。シルバーリハビリ体操指導士養成事業は、平成17年(2005)度から始まりました。この体操は、茨城県立健康プラザ管理者の大田仁史さんが考案しました。大田さんは、香川県高松市の出身です。昭和37年に東京医科歯科大学医学部を卒業した後、伊豆逓信病院リハビリテーション科部長、同病院副院長を経て、茨城県立医療大学教授になり、同大学の附属病院院長、そして茨城県立健康プラザの管理者になった方です。リハビリテーションの普及促進を進めて来た人で、80代になった現在も現役で活動されています。名目トップでなく、活動し続けているのは凄いと感じました。身体とどう付き合っていくかは、最期まで生き切るために、とても重要な要因だと感じています。

 最初の1時間半は大田さんのお話でした。その中で、98歳でお亡くなりになったお母様の、90歳から毎年腰が曲がっていく写真が紹介されました。当時静岡県に住んでいたお母様が、93歳の時、香川県にあるご自分の旦那様のお墓参りがしたい、と言い出されたそうです。それを実現させて、98歳で亡くなられた。移動にシルバーカーや手すりが必要であっても、座る力と30秒のつかまり立ちで移乗する力があれば、外出ができ、社会参加できる、という話に「なるほど」と思いました。

 10分座っていられればトイレに行けますし、立つことができれば外出できます。シルバーリハビリ体操が目標としているものです。そしてこの体操は、いつでも、どこでも、ひとりでも、器具を使わないでもできる体操です。「最期まで身体として人間らしくある」という願いが、シルバーリハビリという言葉には込められているということでした。

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        大田仁史さんのお話で使ったテキストとそこへの書きこみ

h-miya@concerto.plala.or.jp