宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

『感動する脳』

 茂木健一郎さんの『感動する脳』を読みました。改めて感情や感動の、生きる上での大切さを理解できました。

 人間の脳は感動することで活性化されます。その感動はどこから生じるかというと、「意外性」と「なつかしさ」だと言われます。そして、感動が生まれるには空白が必要です。茂木さんはギャップ・イヤーの例を挙げます。これはイギリス貴族のグランド・ツアーが発祥だそうです。

 グランド・ツアー(Grand Tour)は、17-18世紀のイギリスの裕福な貴族の子弟が、学業の仕上げに行った私的な長期の外国旅行のことです。一種の修学旅行とも言われますが、そうか修学旅行の発祥はグランド・ツアーだったんだと思います。なんか全然別ものですが。グランド・ツアーの目的は見聞を広めることであり、数か月以上をかけて、家庭教師が同行しての旅行だったようで、トマス・ホッブズアダム・スミスも同行家庭教師をやったようです。

 ギャップ・イヤーというのは、高校を卒業してから大学に入る前に、約一年間どこにも属さずに過ごす時間で、イギリスでは普及しているようです。その間、ボランティアをしたり旅行をしたりして過ごします。日本ではこの選択肢が少なく、リスクを伴います。一度軌道からそれるとなかなか戻り道がないし、戻ったとしても空白の時間がマイナス評価されがちです。どうも怠けていると評価されるようです。この空白の時間をどう使うか、それは個人に任されていますが、それを評価する哲学も指標もないようです。

 茂木さんは、人間の脳が感動したり、創造性を生みだす上で、空白の時間を持つことはどうしても必要なことだと言っています。ところが、これが日本の社会にはなかなかなじまないし、定着するまでにはかなりの意識改革が必要だろうとも。日本人は、具体的な目的を設定して、それに邁進していないと不安になるようです。

 サラリーマンが定年になって空白の時間を持て余す、というのはよく聞く話です。大いなるギャップ・イヤーを手に入れたとはなかなか考えられない。ボランティアも趣味もどうも義務化して仕事化してしまう。そのものを感動するために使うのが下手。思い当たります。

 介護の現場に入って、最初はとても新鮮で刺激を受けました。1年を過ぎる頃から、どうも義務化してきて、身体的にも疲れが出て、2年を超えた辺りで休みを取ることにしました。でも、講習会などに出ると、なつかしく楽しいのです。介護の場にある人の近さが、人間関係の原点だからかもしれません。

 茂木さんは、若い頃のギャップ・イヤーは仕事におけるキャリア・アップに役立つが、定年後のそれは、ひたすら脳のキャリア・アップを目的にすればいいと言います。脳は生きている限り成長を続け、たとえ身体が動かなくなっても、脳は鍛え方次第でどんどん進化する。この人間に与えられた能力を使わないのは損だと。その通りです。そしてそのためには、「感動する」ことが大切だと。

 人間の人間たるゆえんはどこにあるのか。ヨーロッパの思想は、魂とかこころ、精神特に理性や考える能力を重視してきました。その反動というか、反省から身体への着目がされるようになりました。それと同時に感情の重視も出てきました。

 人間は複合的存在だなぁと改めて思います。脳科学という現代の最先端の科学領域が解き明かす人間のあり様。そして脳は進化し続けるという事実は、やはり希望を感じます。

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