宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

県議選無投票のお礼の旗

 師走、12月に入りました。今日もいいお天気でしたが、一度7時過ぎに目を覚まし、また寝てしまったら、起きたのがお昼近かったです。肩の痛みと腰の痛みが、朝より軽くなっていました。(゜-゜)、やはり疲れが溜まってるのかなぁ。

 夕方、散歩に出て、県議選の当選のお礼ののぼりが目に入りました。ここは、無投票当選でした。先日会った知人の「なんで選挙にでようとするのかな」という言葉を思い返していました。その人は、その時話題に出た那珂市の選挙の話に触れて、そういう感想を言ったのですが、選挙に出るにはいろいろな理由があると思います。

 身分制度社会でなく民主主義社会だから、と私はパッと思いましたが、その人の発言は政治に関わることへの距離感の表明だったと今は思います。政治がどこか遠い。おそらくそれは家庭でも学校でも、そして社会に出てからも、政治を話題にしない文化から来ているのかもしれません。

 子どものころ読んだ『マリー・キュリー伝』の中に、彼女がフランス人のピエール・キュリーと結婚して驚いたことの一つに、家族や友人たちが集まると決まって政治談議になる、ということが上げられていました。フランスの伝統なのでしょう。ピエールのお父さんは医者でしたが、フランス革命を誇りとする彼らにとって、政治は身近なものだった。でも私たちにとっては?

 政治とは何か、特に地方自治としての政治とは何か。とても難しい問いですが、生活の基盤(枠)を整え守るものということは言えます。その枠の中で個々人がどのような選択をするかは個々人の問題です。自立援助が介護の基本ですが、それは現在の社会のノーマルな在り方が自立・自律であるということでもあります。政治の大きな役割の一つは、各人が自らの生活を自立させる努力ができるような、そういう基盤整備なのだと思います。

 ここは東海第二原発を抱え、その再稼働問題とどう向き合うかを問われています。また市街地の空洞化問題も深刻です。人口が増え、税収が増えているときは膨張しながら成長します。政治はそのバランスに配慮すればいい。縮小する経済、人口減社会の中では、活気をどう作り出すかというのはかなりの技量を要求されます。私たちが向き合っているのは、そういう時代の政治なのだと思います。

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