宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

山田洋次の『学校』

 山田洋次監督というと、『男はつらいよ』シリーズを思い出しますが、その他にも素晴らしい作品をたくさん撮っています。『たそがれ清兵衛』や『隠し剣 鬼の爪』もそうです。それらの作品の直前に撮っていたのが、学校4部作です。1993年から2000年の間に作られましたが、最初の『学校』まで、構想に15年かけたようです。

 夜間中学を舞台に、教師と生徒たちの人間模様を描き出したものですが、下敷きになっているのは『青春 夜間中学界隈』(松崎運之助<みちのすけ>)。主人公の中学教師黒井先生(西田敏行)の下宿の大家さん役で、渥美清がちらっと出てきました。『男はつらいよ』以外での最後の出演作品だそうです。

 学校ものというと、私は『フリーダム・ライターズ』を思い出します。大好きな作品の一つです。これは1992年のロス暴動がきっかけとなって、人種融合策が取られた学校での新人教師による教育改革の物語です。実話をもとにした映画で、2007年に公開されました。エリン・グルーウェルという新人の女性教師が、ロサンゼルス郡ロングビーチ市のウィルソン高校203教室で行った日記を書かせる教育が、フリーダム・ライターズと名づけられました。これは1961年、黒人の公民権運動の中で、人種差別政策に反対する黒人と白人の学生たちがワシントンDCから南部への長距離バス旅行を決行し、彼らがフリーダム・ライダーズと呼ばれたことに由来します。

 エリン先生は、1994年から98年まで高校で教師をしていましたが、その後カリフォルニア州立大学の教員になります。ただ彼女は、203教室の卒業生と共に、フリーダム・ライターズ基金を設立して、教育改革の実践活動を展開していきます。

 『学校』は夜間中学を舞台にしているので、生徒の年齢層の幅が広く、教育というより「学校」という場を描いていると思います。「学校」はつらい現実に立ち向かうための 生き直しの場として、その意義が描き出されている。そこで大切なのは、仲間であり先生の存在なのです。だから、黒井先生は転勤を拒み、居続けようとします。「学校」を、卒業生がいつでもやって来られるような拠り所にしておきたいと願って。

 『フリーダム・ライターズ』の世界でも、203教室の仲間とエリン先生の絆は特別なものです。ただ、彼らは「場所」ではなく、その実践行為で変わっていったし、未来へ向かって行動し、同じような境遇の子どもたちに働きかけていきます。日本の社会問題もアメリカに比べて大変でないとは言えないのですが、日本人は理想を掲げて社会変革に動くより、「情」の世界で「情」を大切にすることで生き甲斐を見い出しているのかもしれない、と思わさせられる映画です。

h-miya@concerto.plala.or.jp