宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

『怒れる12人の男』

 『怒れる12人の男』を授業で使うので見直しました。このドラマは、30回以上観ています。原作はレジナルド・ローズ。1954年にアメリカのテレビドラマとして製作され、評判がよかったので1957年にそのリメイクとして映画になりました。私がもっぱら使っているのは、この1957年のシドニー・ルメット監督制作の作品です。

 レジナルド・ローズが殺人事件の陪審員を務めたことから、この作品の構想・執筆が始まったと言われます。日本でも裁判員制度が始まりましたが、陪審制度を説明するのに、裁判員制度を引き合いに出したりもしています。裁判員制度では、原則裁判員6名と裁判官3名の合議体体制をとります。裁判員制度を規定する法律(通称 裁判員法)は2009年5月21日に施行され、8月3日に東京地裁で最初の公判が行われました。

 裁判員制度では、有罪判決をするには合議体の過半数の賛成、かつ裁判員と裁判官のそれぞれ1名は賛成しなければなりません。陪審制度では、陪審員のみで評議を行い、評決を下します。日本でも1928年から刑事陪審が実施されましたが、1943年に施行停止されたままです。裁判員制度は厳密には陪審制度と異なります。陪審制度では民間人6名から12名で合議体が構成され、事実認定を行い、評決は全員一致が原則です。裁判員制度では、事実認定だけでなく量刑も判断します。

 この陪審制度には、市民の常識や価値観が反映されるという意義や、権力の濫用に対する防護壁という位置づけが与えられていましたが、同時に批判もあります。それは陪審員が感情や偏見に左右されやすいという点で、黒人の公民権運動のきっかけになった事件の一つ、エメット・ティル事件の裁判を思い出します。

 1955年に起きたこの事件。当時14歳のシカゴ育ちのティルは、ミシシッピ州デルタ地区の親戚の家に遊びに来ていましたが、南部の慣習に逆らって、白人女性(21歳)に口笛を吹いて殺害されました。陪審員による判決で、被告ロイ・ブライアントとミランは無罪になりましたが、数か月後に雑誌のインタビューに応じて、ティルの殺害を認めました。この事件に関して、2004年、アメリカ合衆国司法省は、二人以外の人物が関わっていたかどうかを再調査するための再捜査を決定しました。2007年2月、主に黒人陪審員で構成された大陪審(23人による構成)で、他の人間の誘拐・殺人への加担は根拠づけられなかったと結論付けました。

 いろいろ批判もある陪審制ですが、アメリカ市民の信頼度は高く、陪審制の廃止論は強くないと言われます。『12人の怒れる男』では、陪審制度を使って、ヘンリー・フォンダ演じる主人公の陪審員8番の「話し合いましょう」という何度も出てくる言葉に、アメリカの民主主義への信念が描かれています。日本でも何度か舞台化され、三谷幸喜作『12人の優しい日本人』なども作られています。

 今観ても、古びていない作品です。1997年にテレビ映画としてリメイクされた作品『12人の怒れる男 評決の行方』も観てみましたが、私としては、1957年作の方に軍配を上げます。無駄がなく、表情のアップでいろいろ表現する手法、そして出演者も57年作の方が良かったです。まあ、何回も観ているので、贔屓目もあるかもしれませんが。

h-miya@concerto.plala.or.jp