宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

オペラ歌手の小演奏会の夕べ

 昨晩、急に個人宅のホールでの、オペラ歌手ご夫妻(ウィーンのテノール歌手と日本人で奥様のソプラノ歌手)の演奏会を聴くことができました。あまりオペラは聴かないのですが、プロの方の磨き抜かれた「声」に圧倒されました。

 幼稚園でのオペレッタの実演の映像を観て感激したことがありますが、オペラとオペレッタの違いは、まだ感覚的に良く分かりません。私は、オペラよりも軽めの音楽ドラマという感じで捉えています。よくオペレッタは、軽喜劇と訳されたりするようですが、必ずしも喜劇である必要はないようです。

 昨晩の小演奏会では、お二人がそれぞれ数曲、デュエットで3曲(だったと思います)歌い、軽妙な解説をつけながら司会してくださった現役テノール歌手の方が2曲(?)歌いました。中盤でグノーの『ロミオとジュリエット』(シェークスピア作)の中から、第2幕の「私は自由に生きたい」とロミオとジュリエットの愛の2重奏が披露されました。声によって感情を表現するところにオペラの特性があるのかな、と思いながら聴きました。これがアリアと言われる部分です。

 司会の方が、ソプラノはお姫様や若い娘を、アルトは年をとった女性や魔女や意地悪な女性を歌うと言われてました。バスは父親や王様、魔法使い、テノールはイケメンの男性役に充てられるとも。声楽家の声域と演じる役柄がパラレルになっているようです。まあ、言われてみればなるほどです。昔は照明が暗かったので、声で演じ分けられたようです。ラジオ劇を思い出してください、と言われました。なるほどです。でも、扮装して台詞も動きもあるわけで、視覚型人間としては、今ひとつ納得がいきません。歌唱力を楽しむということなのでしょう。

 「ロミオとジュリエット」に戻りますが、あの物語の切なさは、オリビア・ハッセ―が演じることでツーンと感じた気がします。演劇というのは、そういうものじゃないよと言われそうですが。演劇やオペラは、観客側も楽しむまでには訓練が要求されると思います。そして「声」の問題にも、改めて注意を引かれました。

h-miya@concerto.plala.or.jp