宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

黄金のアデーレ 名画の帰還

 これは、ナチスに奪われたグスタフ・クリムトの名画「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」を取り戻すために、オーストリア政府を相手に返還訴訟を起こした女性の実話をもとに作られた映画(2015年)です。アデーレの姪で、現在はアメリカに住む82歳のマリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)が、亡くなった姉の意思を継いで新米弁護士のランディ・シェーンベルクライアン・レイノルズ)と組んで、法廷闘争を繰り広げ、2006年に絵を取り戻すまでの話です。そこに、マリアが両親を残してウィーンから、夫と命からがらアメリカへ亡命した20代の記憶が織り込まれ、ユダヤ人の辿った過酷な時代の痛みが蘇ってくる構成になっていました。

 ヘレン・ミレンが素晴らしかったです。こういう風に年をとりたいなあと思う女性を演じていました。ランディを巻き込んでゆくマリアの強引でかつチャーミングな性格と、最後まで闘うならランディとともに、という揺るがない信念。もちろん彼女は、途中でもう止めるとランディに宣言したりしますが、それでも最後はランディのためにと、ウィーンに行き、オーストリア政府と渡り合います。ナイス・バディムービーです。

 最初は名画の金銭的価値の高さに惹かれて法廷闘争に加わったランディでしたが、ウィーンに同行することで、マリアが過去の幸せな時代の家族の記憶とそれがナチスによって無残に打ち砕かれて行ったことに、そして両親をウィーンに置き去りにしてしまったことに、深く傷ついたままであることに気づかされます。

 そして、ランディの祖父にあたるアルノルト・シェーンベルクは、オーストリア生まれの作曲家で12音技法を創始したことで知られています。シェーンベルクは1934年にアメリカに帰化していますが、ランディの曾祖父母は強制収容所で亡くなっています。強制収容所記念碑に曾祖父母の名前を見付け、その名前を指でなぞっていたランディは、トイレの中で一人で壁を叩きながら、うなるように涙を流していました。ランディの中で何かが変わり、彼は金銭的価値からでなく、「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ」を取り戻すことで家族の思い出を取り戻したいというマリアのために動き始めます。

 マリア・アルトマンは最期までお店を続け、2011年に94歳で亡くなりました。絵を売却したお金は自分のためには大して使わなかったようです。

 実話の持つ力とヘレン・ミレンの魅力が光った映画でした。どういう関連か『フリーダム・ライターズ』を思い出しました。あの映画でも女性教師エリン・グルーウェル(ヒラリー・スワンク)が素敵でしたが、信念を持ち若い世代を育てる女性にある種の共通性を感じたのかもしれません。二人ともおしゃれで暖かく、そして男前です。

h-miya@concerto.plala.or.jp