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宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

『ニュー・シネマ・パラダイス』:痛みの中で、今を「肯定」する

 『ニュー・シネマ・パラダイス』の完全版(ディレクターズカット版)を観ました。1988年に公開されたイタリア映画です。監督はジュゼッペ・トルナトーレ。劇場公開の短縮版は123分、ディレクターズカット版は173分です。劇場公開版は内外で高い評価を受け、イタリア映画の復活を印象付けたと言われています。エンニオ・モリコーネの音楽もよく知られています。

 50分違うというのは大分違うと思いますが、映画の主題が大きく変わっていると言われます。私は劇場公開版(短縮版)を見ていないので何とも言えませんが、短縮版では映画館「パラダイス座」が物語の中心になっているそうです。ディレクターズカット版では、主人公の人生に焦点が当てられています。是非劇場公開版も見てみたいです。

 ディレクターズカット版は、確かに主人公トトの成長物語でした。映画への愛情とエレナへの愛情が両方描かれていましたが、どちらかというとエレナへの思い入れの方が強く印象付けられました。ずっと引きずっていたエレナへの愛。なぜ突然いなくなったのか、それに深く傷ついたままの人生。最後の場面で、教会の司祭によって削除されたラブシーンをアルフレードが編集したものを見つめるトト、その目に涙が浮かんでいました。

 劇場版を見た人たちが感動し涙した場面が、そのせいか、私にはなるほどなあ、で終わりました。もちろんアルフレードの映画への愛とそれをトトに託した思いも伝わってきました。ただ、私は、「人生で、すべては手に入れられない」という思いで観ました。でも、それゆえの、今の自分を「肯定」する深みも生まれると。

 いい映画というのは、単純に「見て良かった、面白かった」では終わりません。そこにやはり人生の一瞬があり、それを観ている側も体験します。劇場公開版を観たら、何を体験するのか、興味があります。

h-miya@concerto.plala.or.jp