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宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

千葉・茨城教授学研究の会

 25日の土曜日、千葉・茨城教授学研究の会の春合宿に参加させていただきました。毎回、参加者の先生方の授業にかける熱意とそのレベルの高さに、刺激を受けます。

 教授学研究の会は、故斎藤喜博氏が1973年に結成したものです。教授学研究は、授業の学、子どもの可能性を引き出す授業の原理・原則の体系化を目指したものと言われます。「教師は授業で勝負する」という斎藤喜博さんの志を継いだ教授学研究の会は、他地域でもいくつか活動しているそうです。

 教授学研究というものを、研究会に参加するまで知りませんでした。千葉・茨城教授学研究の会に参加されている先生方の、授業を作る力量を実際に見せていただくと、正解は一つではなくとも、良しあしがあるということがどういうことか、実感としてわかります。実践は実践者と結びついていますから、人が異なると当然表現形態も内容も異なってきます。それでも、そこにやはり質の差異はあって、厳然とそれが表出されます。それは「客観的」にとらえることができます。この質の差異とは何なのか。どう表現したらいいのか、まだうまく言えませんが。

 教材研究は自分一人の追及でも、無限の可能性を持っていますが、模擬授業を通して、何人かの視点(複数の遠近法)で教材解釈をする豊かさと面白さに、時間のたつのを忘れます。

 ニーチェは、客観性とは「知性の向背を意のままに左右し、これを自在に懸けたり外したりできる能力」(『道徳の系譜』Ⅲ-12)と言いました。それによってこそ様々な遠近法や情念的解釈の差異を認識のために役立てることができる。一つの事物についてより多くの情念に発言させるほど、同じ事物に多くの目を向けることができるほど、その事物についての私たちの客観性はより完璧になる、と言っています。

 研究会に参加して、ニーチェが言っている客観性の意味が実体化した気がします。半日だけ(といっても夜の10時過ぎまで)の参加でしたが、正座のほうが楽で正座している時間が長かったようです。次の日膝に痛みが出ました。その時は、集中していて、気が付かなかったのですが、年には勝てないなあ。

h-miya@concerto.plala.or.jp