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宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

介護ケアをシュタイナーの人間観から考える

 もうじき立春ですが、まだまだ風が冷たい毎日です。2、3日前に春の陽気が訪れました。ちょっと狂った季節という感じから、3月兎を思い出し、『不思議の国のアリス』にイメージが飛びました。

 ところで、芥川龍之介の短編に『河童』という作品があります。出だしは、どこか『不思議の国のアリス』を思わせます。主人公は気を失って、気づいたら河童の世界にいた。河童の世界は、人間の世界といろいろなことが逆さまです。例えば生まれてくる前に、胎児河童は「生まれてきたいか」と尋ねられます。生まれたくないと答えると、胎児は消えます。作品の中では、胎児河童は「河童的存在を悪いと信じているから」と生まれ出て来ることを拒否します。「生まれても結局死ぬ訳ですから、わざわざ生まれたくありません」なんて答えも想像できますね。

 人間は生まれたときから死に向かっているとも言われます。まあ、今のところ、死なない人間は見つかっていないので、いずれ寿命が尽きます。生まれてきた以上、私たちはみな死にゆく存在です。私たちは生まれてすぐにケアを受けて育ち、そして障がいを持ったり、高齢になるとケアを受けます。ここでは高齢者のケアの目標を考えてみたいと思います。

 まず育児や教育のケアは、「成長」を目標にしています。当然そこには、人間存在の意味や人生の意味が踏まえられています。ルドルフ・シュタイナー(1861-1925年)により創設されたシュタイナー教育は、その背景的なものに人智学を持っています。シュタイナー教育とは何かと言えば、身体と心の調和的発達によって「自我」を自由にしてゆく教育実践、と言っていいと思います。頭から入ったものは身体へ、身体から入ったものは頭へと言われるような教育実践をしています。それは自由な教育ではなく、「自由への教育」と言われます。高橋巌さんの『シュタイナー教育の方法』(角川選書)には、「シュタイナー教育とは何か」についてこう言われています。

「発達期に応じた身体と心の調和化によって社会における個人の自己実現を可能にしようとする教育思想、あるいは教育運動」(14頁)

 シュタイナー教育については、また別の時に触れることもあると思います。私自身は「自由への教育」という理念とそのユニークな教育実践に関心がありました。フォルメンとオイリュトミーは、20代の頃、講習会や勉強会で少しやってみましたが、踏み込んで向き合うところまでは行きませんでした。

 さてシュタイナーの人智学の中で老年期は、どう扱われているのか。シュタイナーは現代人は自分の魂の内的な発展の道を失ってしまった、と捉えます。かつては魂と肉体が深く結びついた状態の中で、それぞれの年代らしく発達出来た。ところが現代の私たちは、20歳くらいで、その関係が切り離されてしまう。20歳くらいですべて人生を学んだ気になってしまう。後は、肉体の衰えをただ悲観的に受け取るようになると言うのです。

 シュタイナーは自我、肉体、アストラル体、生命体(エーテル体)の4つを人間の本質部分と捉えます。そして、肉体は衰えても、他の3つは老化する一方ではなく、若返ることもできると言います。本来、人間の50歳以後は、見霊能力を発達させる時期だと言われますが、現代社会ではここが失われているし、この考え方自体も否定されていると思います。

 古代人は肉体の衰えと共に、魂は肉体の拘束から離れ始め、意識はますます明るくなっていく状態の中で老年期を迎えると言われます。ところが現代人は、10代後半には魂は肉体の拘束から離れ、肉体と共に年をとることができません。外側から老人になりつつあることを納得させられても、魂そのものは若い時と変わらない。以前なら、60代の人は60代にならなければ持てなかった成熟した魂を持っていました。

「老人特有の感性が発達してきて、死者との出会いがあったりしました。自分の魂が非常に軽やかになり、お祈りの仕方が深まり、欲がなくなるので、利己的にものを考えずに、客観的にものを考えることもできました」(高橋巌、同上書、204頁)

 現代において、心の若さということが、20代くらいの感性を持っている、と捉えられています。心あるいは魂が、身体から早くに切り離されることで、成熟することができなくなったからですが、では、その状況の中で逆に感受性をみずみずしいままに保つにはどうすればいいのか。介護ケアはここに関わっている気がします。

 私は死の瞬間に魂は身体から解放されると思っています。魂の不死をどう考えるかは哲学ではずっと問われてきました。魂の不死自体に関しては、私は不可知論ですが、ただ死の瞬間とは、魂だけになる瞬間だと考えています。身体の衰えのケアは、この魂だけになる瞬間を見届けるケアでもある、そういう風に考え始めました。

 

h-miya@concerto.plala.or.jp