宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

地方からの出発

 先週、佐川文庫でのコンサートに感激した話を書きました。水戸の河和田町であれほど素晴らしい世界を創りだせること、それを思う時、佐川一信さんの始めた活動へと再び思いが帰りました。

 メルロ=ポンティは『知覚の現象学』の中でボヴァリー夫人が田舎生活の中に感じた違和感を次のように書いています。

「われわれの身体やわれわれの知覚はいつも、それらがわれわれに提供する光景を世                    界の中心となるようにわれわれを促すのである。しかし、こうした光景は、必ずしもわれわれの生活のそれではない。私はここにとどまっているのに<別のところにいる>ことができるし、また、もし私の愛するものから引き離されていれば、私は自分が真の生活の中心からはずれて生きているように感じる」

 佐川一信元水戸市長(「いっしんさん」)は、多くのボヴァリー夫人に、「いまここに」生きるインセンティブを与えたのではないでしょうか。「ここ」を生活の中心にするやり方が地方からの出発であり、「ここ」が誇りとなるシンボルが水戸芸術館であったと思います。

 しかし同時にそれは、現実の生活に密着する人間たちにとっては、ある種別世界の出来事でもあったのかもしれません。理想主義的生き方、つまり、理念を重視し文化的香りを大切にする生き方と、人間関係や日々の生活を重視する生き方とが対立するのでなく、かといって完全に重なるのでもなく、様々な変奏曲となってハーモニーを奏でるようなあり方は不可能なのでしょうか。                 宮内 寿子

 

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