宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

高齢者の性

 死ぬまで現役でいたい、とはよく言われます。仕事については、肯定的に語られます。しかし、性の領域では、まだまだあっけらかんとは語られていません。特に、親世代の性の問題は、子ども世代にとっては触れたくない部分ではないでしょうか。

 認知症の深まりと同時に、理性の歯止めを失った、性的言動をするようになると言われます。性の世界は、人間の活力の源でもありますが、社会的約束事を逸脱しやすい領域でもあります。そしてこれも人によって、また認知症の程度によって、いろいろです。自分のイマジネーションの世界でぐるぐる回るエロスの世界、どこかかわいらしいものから、もろセクハラ的言動になる人もいます。この違いは何なのでしょうか。単に、認知症状の重さの違いだけではないと思います。ただ、認知症高齢者の性行動は周辺症状(中核症状に心理的、状況的要因が加わって出る二次症状)ではなく、中核症状(脳の障害から直接的に生み出される症状)の一つとして、アメリカでは認められるようになってきているそうです。

 文化的違いもあるのかどうか。そして例え認知症状を抱えていなくても、高齢者の性の問題は、これから向き合わなければならない問題の一つなのだと思います。

ニーチェの道徳批判4)禁欲主義的理想の意味するもの

 今日は前庭のぼうぼうになっていた木の残りを剪定しました。風が少し涼しくなりましたが、まだ動くと汗が出てきます。23日が処暑でしたが、逆に暑くなりました。「暑」がつく言葉は三つあって、7月7日が小暑、7月23日が大暑、そして8月23日が処暑です。

 さてルサンチマンの道徳は、強さが強さとして現われることを「暴虐」として悪と評価します。では、善として掲げられるものはどのようなものでしょうか。それをニーチェは禁欲主義的理想と言います。禁欲主義的理想の三大表現とは、清貧、恭謙、貞潔です。しかしなぜそのような人間の自然に逆らうような善を受け入れるのでしょうか。プラトンは四元徳の一つとして節制の徳をあげましたし、アリストテレスは<程よい欲望>という意味で中庸の徳として節制を言いました。欲望が弱すぎる不感症は決して望ましいものとはみなされませんでした。

 それにもかかわらず、禁欲主義的理想はなぜ掲げられ、賞揚されるのでしょうか。それはルサンチマンの類型(人間は一般的に病気です)が解体の危機に瀕しているからであり、外に向かって吐き出されない残忍さは内向し、自分自身を苦しめようとして「良心の疚しさ」が案出され、自分自身の自然、天真、事実に対して「否」を言うようになったからです。つまり苦しさの理由が与えられたのです。禁欲主義的理想の前で不完全な自らを、自分の良心が責めているんですよ、と。

 しかしながら禁欲主義的理想は、その生存形態によっていろいろなものを意味します。偉大な、生産的、独創的精神の人々には、この三つのもの(清貧、恭謙、貞潔)がある程度まで常に見出されますが、それは彼らにとって徳ではなく、彼らにとっての最善の生存、豊饒性のための自然な条件です。ニーチェが批判するのは、禁欲主義的理想そのものが目指されている状態です。なぜならそれは、人間の自然を否定し、虚無を欲することになるからです。そこから見えてくるものは何か。

 禁欲主義的理想は、ルサンチマンの類型が抱えている苦悩と自己解体の危機に対処するため、苦悩に理由を与えることで、苦悩を和らげたと言われます。まず、禁欲主義的僧侶は、苦悩者の関心を苦悩からそらすために小さな喜びを処方します。慈善、施し、慰安、援助、励まし、力づけ、賞揚などの<隣人愛>を処方します。これらに必然的に伴う<極小の優越感>の幸福こそ、生理的障がいの所有者には常用の慰藉手段なのです。相互慈善という畜群生活は沈鬱との闘いの中での決定的前進であり、勝利であると言われます。

 アディクション克服にあって、相互援助ということが言われます。また、「人生は生きるに値するか」などのような大きな問題を抱え込んでいるとき、小さな日常的出来事や助け合いが視点をずらしてくれて、解放してくれます。そうやって心の状態を整えた上で、問題に向き合うとき、問いの立て方を変えることができます。その意味で、苦悩者の関心を苦悩からそらすための小さな喜びの処方、という解釈はあながち間違っていません。

 次に禁欲主義的僧侶がしたことは、沈鬱の不快に打ち勝つために、負い目の感情(疚しい良心)を利用します。負い目の感情は、本来良心とは何の関係もありません。ニーチェは「良心――主権者的な誇らかな自由の意識」と「疾しい良心」とを別ものと捉えます。良心の働いている状態が疾しい良心なのではなく、「良心」を持つことができるのは能動的な力の類型だけであって、疾しい良心は能動的な力が内向し、自己自身に対してだけ爆発するようになった自由の本能であり、病気なのです。これは自虐への意志であり、この意志は苦痛を増殖させるために、自己の本性である「利己的であること」を否定するために、「非利己的なるものの価値」を生み出しました。非利己的なるものの前で、良心が疾しさを感じるのではなく、その逆に、「疾しい良心」が非利己的なるものの価値を生み出したというのです。そしてこの非利己的なるものの価値は、神にその起源を見出すことで、揺るぎ無いものとなりました。

 ルサンチマンの類型は苦悩と自己解体の危機に絶えず曝されています。「『私は苦しい、これは誰かのせいにちがいないのだ』――こうすべての病める羊は考える」。これに対して、禁欲主義的僧侶(ケアするもの)はこの苦悩の原因の方向転換をします。禁欲主義的僧侶は言います。「『そのとおりだ、私の羊よ! それは誰かのせいにちがいないのだ。が、この誰かというのは、じつはお前自身なのだ』」(『道徳の系譜』第三論文15)と。

 苦悩とは、非利己的なるものの価値の前での、疾しい良心なのです。すなわち、動物的な「疾しい良心」の利用によってルサンチマンの人間に、苦悩の意味を与えることに成功したわけです。自虐への意志は、自己の自然、天真、事実の否定である「非利己的な価値」を生み出し、苦しむことの理由を作り出したわけです。「意志は何も欲しないより、虚無を欲する」(『道徳の系譜』第三論文1)。なぜ人は非利己的な価値に引き付けられるのか、という問いに対するニーチェの答えがこれでした。

 ニーチェが批判したものは、創造性を抑圧する「同調圧力」であり、差異への憎しみであったと思います。ニーチェの「強い・弱い」という「力」の観点からの解釈は、単純な現実的力の強弱というより、自己肯定の有無を巡っていると言えるでしょう。 

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スモークツリー、トルコキキョウ、ニューサイラン、ヒペリカム(赤い実)、アルストロメリア(白い花) 

茨城県知事選挙

 茨城県知事選挙の投票日は明日になりました。25日19時から水戸駅南口で街頭演説会が行われ、応援弁士として小泉進次郎さんがやって来ました。私は仕事のミーティングで直接は聞けませんでしたが、大井川和彦さんのホームページの動画を見ました。

 南口のペディトリアンデッキを降りた、大同生命ビルの前のスペースに演説カーがセッティングされ、かなりの人が集まっていました。5000人以上と発表されていました。確かに、驚くべき人の群れ。そして小泉進次郎さんは演説も上手でしたが、何よりも人を引き付ける花があります。

 政治に人が関心を持つきっかけは、今回のような異なった立場・意見を持つ候補者が競い合う選挙にもあるのでしょう。そこに小泉進次郎さんのようなスター的政治家が関わってくると、弥が上にも盛り上がります。

 高校生や大学生たちに今回の選挙についてインタビューした新聞記事がありましたが、結構関心を持っている様子が伝わってきました。彼らからは多選の弊害がよく分からない、具体的に説明して欲しいという意見もありました。若い世代には、権力の集中構図の怖さ、というのが分かりにくいのかもしれません。

 税金を使って事業をすることを指図する立場の持つ力の大きさ、そういう力を駆使できるポジションにいる人間に対して周囲がどう反応するか、そのポジションについた人間自身が自分の力に気を付けていても、いつかそれに慣れてしまう怖ろしさ、それをどうやって防ぐのか、等々。選挙を通して、政治を具体的に考え、教えることは可能だと思います。

ひたちなか市民大学 ネットワーク技術中級・上級 第4回

 3回目は所用のため欠席してしましました。今日は4回目で「ウェブサイトの仕組み(2)」でした。ネットワークのネットワークがインターネットですが、前回はインターネット上のデータを互いに参照できるハイパーリンクの仕組みや、インターネット上の情報を自動的に収集して検索できるようにする仕組みである検索ネットの話だったようです。

 WWWとは、インターネット上のデータを互いに参照できる仕組みのことで、WebサイトとはWebページをまとめたものです。URLは統一された情報の場所情報を現すものですが、スキーム名を頭につけます。例えば電子メールアドレスだとmailto:~、電話番号だとtel:~のように表現されます。WebページのURLの場合、スキーム名がhttp(Hypertext  Transfer  Protocol)またはhttps(Hypertext  Transfer  Protocol  Secure)が頭に付けられます。http://www.city.hitachinaka.~というようになります。

 今日は、検索サイトの実際の使い方が中心でした。実際に検索サイトは使っていますが、幾つかなるほどと思いました。サイト内検索のやり方とか、グーグルの場合、最初の画面の右上にあるツールを押すと検索期間を限定できます。同じくグーグルの場合、キーワード検索で、二重引用符(ダブルクォート)を使うと、件数をかなり絞り込めます。サイト内検索は、「site:URL  みずほ銀行 決算」というように、アンド検索と組み合わせます。「site:検索したいサイトのURL」にキーワードを付け加えればいいわけです。

 次回は無線技術の話です。Wi-Fiの話に関わっているようです。

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    6月3日の名平洞            8月14日 華蔵院近くの那珂川畔から湊大橋を望む

スズメバチ

 昨日、家の前の庭木を子どもに切ってもらっていたら、いきなりスズメバチが何匹も飛び出してきました。驚いて私たちは一端退却しましたが、もう一回やると子どもが立ち向かい刺されました。私は「止めなさいと言ったのに」とかなり頭に来てましたが、ともかく休日診療をしている医院を見つけて、子どもを連れていきました。

 今日、指定の駆除業者に来てもらい、巣を取り払ってもらいました。かなり大きくて、150匹くらいは孵化したでしょうね、と言われました。補助は1万円までは出ますが、2万5千円かかりました。痛い出費です。家と同じ黄色スズメバチだと東京は1万3千円くらいだよ、とググっていた子どもが言っていました。「補助は?」と聞くと、7千幾らとか。行政単位によって随分違うなあと思いました。この金額の出し方はどうしているのかなぁ。

 やぶからしがハチの好物だそうです。家の庭木にやぶからしがいっぱい絡まっていたので、どうもハチにとっては美味しい区域になっていたようです。今日は一念発起。スズメバチ用殺虫剤とよく切れるのこぎりを買ってきて、思い切って庭木を刈り込みました。でも、切った枝木の片づけは残ってしまいました。少しずつやります。

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スズメバチの巣:黄色い部分のさなぎは動いてました   関係ありませんが、八朔祭の山車です 

ニーチェの道徳批判3):「主体」という虚構

 19、20日はひたちなか祭です。今日は、午後4時過ぎから雲行きが怪しくなり、雷が鳴り出し一時停電しました。その後、ピカッと光ってから数秒でゴロゴロドスンと何回か雷が落ちていました。煙の薄い絨毯のような雲が西から東へと風に流され、土砂降りの雨が20分から30分くらい降りました。5時20分頃には雨は止んでいて、お祭りは中止にはならなかったようです。でも肌寒い一日でした。

 さてニーチェの道徳批判の続きです。道徳の価値評価には「よいと悪い」「善と悪」の二つがあり、それは力への意志の二つの質の徴候であるとニーチェが解釈したことは書きました。次は「善と悪」という評価形式を持つルサンチマンの道徳がなぜ勝利したのか、そこのところです。一言で言ってしまうと、「主体」概念を虚構し、力のコントロールは可能であるという考え方を打ち出し、強さをコントロールできないことを恥じる体制を作り出したことによってです。

 活動と活動者を分けることで、活動するもしないも自由という発想(虚構)を生み出し、弱者の弱さそのものが随意の所業、意欲され、選択されたものであるという美徳の装いを身につけ、強さが強さとして現われることは悪と解釈されるようになりました。さらにこの虚構は強い力に対し、自らを恥じ入らせる罠ともなったのです。力が力として現われるという現実をコントロールできるとする、「あの選択の自由を持つ超然たる<主体>に対する信仰」をニーチェは告発します。

 この「主体」は、デカルトによって明確に打ち出された「精神としての私」に結実したものですが、ニーチェはその発明者は僧侶階級であると言います。僧侶階級とは否定意志の体現者ですが、彼らは<自己ならぬもの>に対し否を言います。この否定こそが彼らの創造行為であり、彼らは活動と活動者を分けることで、活動するもしないも自由という発想(虚構)を生み出しました。弱さそのものが意欲され、選択されたものであり、強さが強さとして現れることは悪なのです。力をコントロールできるという考えが、「選択の自由を持つ主体」という信仰によって展開され、かくして弱い力は自己を(強さをコントロールできる私として)肯定し、強い力を否定することが可能となりました。

 ニーチェの奴隷道徳、弱者の道徳の解釈の要は、この差異に対する肯定か否定かにあると言えます。ニーチェが「強者・貴族vs.弱者・奴隷」という表現で語るものは、この自己肯定の有無を巡っているのであり、単純に「現実的な力」の強弱ではありません。そして、ニーチェは強さvs.弱さの二分法(ディコトミー)を使って、歴史的事象を評価する試みをしましたが、この二分法は、ナチスによって自分たちの政策を正当化する理論に援用されてしまいました。これは、歴史の中に創造性を取り戻すため、画一化の圧力から人間精神を解放するための虚焦点として立てられたものが、現存の歴史的存在者解釈に流用されたとも言えます。しかし、ニーチェの「強さ」や「高貴」はケアの倫理が立脚する「傷つきやすさ」を排除しません。むしろ、強い類型ほど、繊細で傷つきやすい、壊れやすいとニーチェは語ります。

 ハンナ・アーレントは『人間の条件』の中で、公的領域と私的領域を区別しました。社会的領域とは、私的領域の特質である生存の必要性という基準が、公的領域に浸透していったとき成立したと言われます。公的領域は他者に卓越することを競う場であり、そこの基準は複数性です。そしてこの領域は、必要性からの自由によって特徴づけられ、ここで働く規範は、各人の自由とそれを保障する複数性としての正義です。

 このヨーロッパの思想の根底に流れる公的領域である自由の領域への高い評価、そこで生きることが人間として生きることであるという考え方は、連綿と地下水脈として流れ続けてきたのではないでしょうか。だからこそ、ニーチェは画一主義に抗して人間を解放しようとしたとき、能動的・主体的卓越性に第一義の価値を置いたのではないか。

 ニーチェの「力」や「力への意志」という概念が持つ強・弱が意味するものは何か。そこに単純に、現実の強・弱を読み込んではいけないと思います。ニーチェが批判したのは、「画一化への抑圧」であり、差異の否定への時代の傾向(あるいは人間の歴史の傾向)であって、そこに潜む道徳的圧力を解体するために、力の概念で記述したと考えられます。  

ニーチェの道徳批判2):道徳の二つの判断形式ー「よいと悪い」「善と悪」

 ニーチェは、ヨーロッパを支配するキリスト教道徳の真髄をルサンチマン(怨恨)と解釈します。ではこのようなルサンチマンの類型(反動形成の類型)がなぜ歴史的には勝利を収めてきたのか。

 まず、ニーチェの道徳的価値とは、それを掲げる類型を形成する意志の質の表出を意味します。ニーチェは能動形成の類型と反動形成の類型を区別しましたが、それぞれの意志の質が肯定と否定です。この意志の質に従って2種類の道徳が存在します。それが貴族道徳と奴隷道徳なのです。つまり、能動的で形成的な類型の貴族道徳に、反動(反応)的なルサンチマンの道徳である奴隷道徳が、なぜ勝利しえるのかということです。

 能動的な力は違い(差異)を肯定し、その違いを楽しみます。ところが、反動的(反応)的な力にとって違い(差異)は、対立と捉えられます。この不快の感情と反動的な力から見られた能動的な力の像――残虐、暴力的、抑圧的――は、反動的な力が能動的な力に支配されて活動的である間は、傾向性にとどまっています。

 例えば被害者意識は誰の中にでも生じえますが、普通に生活が展開しているときは忘れたり、思い直したりしてバランスが崩れることはありません。しかし何かがきっかけとなって、外部との通路が切れると、妄想が膨らみ始めます。同じように反動的な力が活動的であることをやめて、受動(感得・感情)的になったとき、反動的な力は自分の無能力に傷つき、憎悪と復讐の精神を巣くわせるようになります。反動的な力は、活動的であることをやめることで、能動的な力の支配から逃れ、能動的な力に打ち勝つのです。

 この二つの道徳はそれぞれ別の価値判断の形式を持ちます。貴族道徳の価値判断は「よい(優良)とわるい(劣悪)」であり、奴隷道徳のそれは「善と悪」です。貴族道徳の「よい」は高貴なものたちがあらゆる低級なものたちに対して、自己及び自己の行為を「よい」と感じ「よい」と評価することに発します。

「高貴と距離のパトス、すなわち低級な種族つまり<下層者>にたいする高級な支配者種族の持続的・優越的な全体感情と根本感情、――これこそが<よい(グート)>(優良)と<わるい(シュレヒト)>(劣悪)との対立の起源なのである(『道徳の系譜』第1論文)

 ニーチェは「よい」という語は本来、権力の点で優位にあるものが、自らの現状を名指す言葉であったが、それが自らの主観的特性への名称になり、やがては精神的高貴さだけの名称になったというのです。この貴族的価値評価における否定概念「わるい」は、自分たち高貴なる者と異なる存在への軽蔑を意味しますが、「不幸な」「気の毒な」「痛ましい」「惨めな」「臆病な」「哀れな」という意味合いを持ちます。そこには「一種の憐憫、思いやり、寛恕」が混じっているとニーチェは述べます。

 これに対し「善と悪」というルサンチマンの道徳の判断形式は、自分をストレートに肯定できないので、「外のもの」、「他のもの」、「自己ならぬもの」に対してまず「否」と言います。外からの刺激を受けて動き出すわけです。道徳が成立するのにまず対立的な外界が必要で、対立物との対比で、「それとは違う自分」を「~でない私」という形で肯定し、それを「善」と呼びます。道徳における奴隷一揆は、このようにルサンチマンが創造的になり、価値を生み出すようになったときに起こったのです。

 抑圧されるものたちが、抑圧するものたちを「悪い」と語り、それと異なる反対の抑圧される自分たちの方が「善い」と語りあうこと自体は、なんの不思議もないと言われます。抑圧者たちはそれを余裕を持って眺めていたことだろうと。しかし、ニーチェは強さが強さとして現われないことを求めるのは、弱さに対してそれが強さとして現われることを求めることと同様に背理であると言います。ところが、ヨーロッパの歴史においてはこの背理こそが、キリスト教道徳の価値として勝利を収めてきたのです。そこにはどのような虚構の創造がなされたのでしょうか。

h-miya@concerto.plala.or.jp