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宮内寿子「おはなしのへや」

日々、思うこと。

今生きること

 明日から4月です。でも明日はまた寒いという予報。

 25日の春合宿の参加者の方からの感想をメーリスで読ませていただきながら、いろいろ考えています。私は認知症初期の方の介護の現場にいるので、作業療法士の川口淳一さんの活動について知ることができたのは、大きな収穫でした。

 認知症状を持つ方たちは、記憶に混乱が起きています。今がいつなのか、かなりあいまいになって来ている方も多いのですが、デイでは皆さんそのことにそれほどショックを示されません。他の方もそうだ、と分かるからでしょうか。自分のしたことや言ったことを忘れてしまえる。されたことも忘れてしまえる。皆さんは今「に」生きていると感じます。そのことに救われる思いがします。毎回、私は皆さんと新しく「出あって」います。それは皆さんが、そういう態度で私に向き合ってくれるから。対他関係で、相手に対する自分の印象記憶を忘れることができると言うのは、すごいことだと思います。

 認知症状を持つ方たちは、主体的に今「を」生きることには困難を持っています。そこを周りにいる私たちがフォローできれば、皆さんは穏やかに笑顔で生活してゆけるのではないでしょうか。生活のリズムを作ることや健康を維持するやり方を、具体的に一緒にやってゆくことで、今「に」立ち竦まないようにする。そうできれば、思いもかけない楽しい応答をしてくれます。

 5年先の自分をイメージして、とか10年先の成りたい自分から「今」の自分の課題が分かります、というようなことがよく言われます。成程なのですが、それに囚われすぎると、今・ここがおろそかになる気がします。社会システムの構築の場合は、確かに10年先を見越したプログラム作成が必要だと思います。ただ、一人ひとりの生き方や生活では、「今」に集中する(今「を」生きる)ことは心を解放することでもあると思います。

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千葉・茨城教授学研究の会

 25日の土曜日、千葉・茨城教授学研究の会の春合宿に参加させていただきました。毎回、参加者の先生方の授業にかける熱意とそのレベルの高さに、刺激を受けます。

 教授学研究の会は、故斎藤喜博氏が1973年に結成したものです。教授学研究は、授業の学、子どもの可能性を引き出す授業の原理・原則の体系化を目指したものと言われます。「教師は授業で勝負する」という斎藤喜博さんの志を継いだ教授学研究の会は、他地域でもいくつか活動しているそうです。

 教授学研究というものを、研究会に参加するまで知りませんでした。千葉・茨城教授学研究の会に参加されている先生方の、授業を作る力量を実際に見せていただくと、正解は一つではなくとも、良しあしがあるということがどういうことか、実感としてわかります。実践は実践者と結びついていますから、人が異なると当然表現形態も内容も異なってきます。それでも、そこにやはり質の差異はあって、厳然とそれが表出されます。それは「客観的」にとらえることができます。この質の差異とは何なのか。どう表現したらいいのか、まだうまく言えませんが。

 教材研究は自分一人の追及でも、無限の可能性を持っていますが、模擬授業を通して、何人かの視点(複数の遠近法)で教材解釈をする豊かさと面白さに、時間のたつのを忘れます。

 ニーチェは、客観性とは「知性の向背を意のままに左右し、これを自在に懸けたり外したりできる能力」(『道徳の系譜』Ⅲ-12)と言いました。それによってこそ様々な遠近法や情念的解釈の差異を認識のために役立てることができる。一つの事物についてより多くの情念に発言させるほど、同じ事物に多くの目を向けることができるほど、その事物についての私たちの客観性はより完璧になる、と言っています。

 研究会に参加して、ニーチェが言っている客観性の意味が実体化した気がします。半日だけ(といっても夜の10時過ぎまで)の参加でしたが、正座のほうが楽で正座している時間が長かったようです。次の日膝に痛みが出ました。その時は、集中していて、気が付かなかったのですが、年には勝てないなあ。

ケアにおける客観性3)―系譜学の客観性概念

 私たちの毎日の生活の中で、いろいろなものの見方や価値観に出あうのはごくごく当たり前のことです。「カラス、なぜ鳴くの?」「カラスの勝手でしょう」というのは、ドリフターズが流行らせたフレーズでしたが、小阪修平さんが恣意性としての相対主義の時代の到来の例として挙げていました。ニーチェの遠近法主義も、恣意性の主張と受け取られかねません。

 「生は遠近法的解釈なしには存在し得ない」とニーチェは主張しました。そして、その解釈に普遍的基準から真理性を問うことは不可能だと言いました。なぜなら普遍的「事実」などないからです。解釈を照らし合わせる「基準」など存在しないとニーチェは言います。これは真理の対応説の否定です。真理の対応説とは「真理とはあるものをあると言い、ないものをないと言うこと」、つまり、真理は事実との対応関係によって決まる、という考え方です。ニーチェは、その解釈を照らし合わせる「事実」など存在しないと言います。しかし、解釈の「良し悪し」はあると言うのです。正しいか、正しくないかではなく。

 ニーチェは原典(生、身体、現実)を否定した訳ではなく、それらは解釈と切り離せないと言いました。原典は言葉を通してしか捉えることはできないし、それぞれの遠近法を通してしかとらえられません。ですから多様に解釈可能であり、原典と言葉は繰り返し統合されなければならないのです。ヴィトゲンシュタインが、言語ゲームの正当化は「これが端的に私たちがやっていること」で終わると言ったことも、言語と生の形態の循環を言っています。

 ただ、過度に熱狂的な解釈は避けられなければいけないとニーチェは主張します。そこで要求されているのが、原典への誠実さと正義の感覚です。このとき文献学的解釈が要求されます。この文献学的解釈は、1885年頃に捉え直されたものです。いわゆる「歴史的・批判的方法」としての文献学ではありません。「よく読む」技術としての文献学です。

 そして客観性とは、様々な遠近法の差異を認識に役立てられるような知性の自在さ、と捉え直されます。「関心なき直観」なんかじゃない、と言うのです。主観的なものを出来るだけ排除して認識するという客観性、鏡としての客観性は否定されます。

 系譜学の客観性とは、この多くの遠近法を自在に駆使できる能力のことです。そして系譜学的解釈とは、事物の発見的説明としての認識ではありません。ではそこで読み取られているものは何なのでしょうか。何を規準にして「よい解釈」と「悪しき解釈」が言われ得るのでしょうか。これは、ケアにおいて他者に寄り添うというとき、問題になってくるものです。まずは相手の解釈を受け入れること(生における解釈は多様である)が重要。しかし、それは客観的判断評価を捨てると言うことではない、恣意性の容認ではない、という時に問題になることでもあります。

ケアにおける客観性2)―ニーチェの系譜学における文献学の意義

 ニーチェは「すべては解釈である」(遠近法主義)と言いながら、しかしその解釈を判断評価できるとします。その際、多様な解釈を一つの「正しい」解釈から判断評価するわけではありません。では、どうするのか。そこで登場するのが、系譜学的解釈です。ニーチェは、「遠近法主義と文献学のどちらか一方を排他的に肯定することなく、それぞれから洞察を引き出しながら」(A・D・シュリフト)系譜学的解釈を遂行しています。

 文献学は何よりも原典への忠実さを大切にします。しかし、原典をとらえるとき、解釈を離れることはできません。解釈者の遠近法を通してしか原典がとらえられないのは明らかです。だからと言って解釈者の遠近法はすべて同じ重さを持つわけではありません。従来の読み方の踏襲ということは、積み重ねられてきた解釈の成果を受け入れることです。そこには多様な遠近法の切磋琢磨があります。簡単に否定できるものではありません。しかしまた、踏襲するということは、創造性という点からは問題が生じます。

 ニーチェはアカデミズムの世界で、文献学者として出発しました。1869年2月、バーゼル大学から文献学の教授として招へいされます。まだ24歳でした。文献学の仕事に疑問を抱いていたその時に。しかし、ニーチェバーゼル大学教授職の誘惑に勝てませんでした。1869年5月28日に、彼は『ホメロスと古典文献学』について就任講演をしました。

 1872年1月に『悲劇の誕生』が出版され、ニーチェはこれとともに、伝統的な古い文献学的な考え方と決別します。この本の出版は、文献学の分野で彼が大きな仕事をするだろうと期待していた多くの人を驚かせ、そして失望させました。文献学者たちは、ニーチェは学問的に死んだと批判しました。後輩のメーレンドルフは、この書は先達が築いてきた「歴史的・批判的方法」への裏切りであり、古代悲劇に、ショーペンハウアーワーグナーの理論を当てはめることはドグマだと非難しました。三島憲一さんの『ニーチェ』(岩波新書)には、メーレンドルフの攻撃文でいう「方法」について、以下のように書かれています。

「この方法とは『先入見にとらわれることのない』客観的解釈であり、また対象を『それが成立した時代の前提からのみ理解する』ことであり、これを破ることはそのまま学問の放棄であるというのだ」(92頁)

 ですが、ニーチェはこの事件をきっかけに、過去を客観的に調べる歴史的学問のあり方に、厳しい批判を展開するようになります。それが『反時代的考察』という論文集に結実しています。しかしながら、のちにニーチェは、系譜学者としての自己の解釈に対し、文献学者としての在り方がいまだに意味を持っているといいます。

「文献学者は、そんなにたやすく何かを片づけはしない。それはよく読むことを、すなわち、底意を持ち、扉を開けたままにして、敏感な指と目で、ゆっくりと、深く、後にも前にも気を配りながら読むことを教える‥‥」(『曙光』序文)

 ただし、従来の文献学は正しく読む技術ですから、「正しい解釈は存在しない」というニーチェの主張とは、そのままでは相いれません。ニーチェの肯定する文献学的な読みとは、ゆっくり深く読む「よく読む」技術なのです。そして客観性の概念も変容しています。ここからは次回に考えたいと思います。

ケアにおける客観性1)―ニーチェの遠近法主義

 ケアを相手に寄り添うことと、定義することから始めて、ケアの立場に立った客観性とはどのようなものでしょうか。その際、まずニーチェの解釈のみ(遠近法主義)の立場から始めてみたいと思います。そうすると、立場を超えた客観性をどう設定できるかの問題になってきます。ではニーチェの遠近法主義から始めようと思います。

 現代思想に大きな影響を与えたヴィルヘルム・フリードリッヒ・ニーチェは、1889年1月3日にイタリアのトリノ広場で昏倒し、3日から7日までの間に、友人たちに誇大妄想的手紙を多数書いています。ニーチェはその後10年間、狂気の中を生き、1900年8月25日、ワイマールで亡くなっています。ニーチェの意識が鮮明だった時期の晩年に当たる1886年末から1887年春に書かれた遺稿の中に「すべては解釈である」という有名なフレーズがあります。

「『存在するのは事実だけだ』として現象のところで立ちどまってしまう実証主義に対して私は言いたい。違う、まさにこの事実なるものこそ存在しないのであり、存在するのは解釈だけなのだ、と。われわれは事実『それ自体』は認識できないのだ」(KGW Ⅷ7〔60〕)

 「存在するのは解釈だけ」というのは、真理という基準が成り立たないときの、私たちと世界の関わり方を表現しています。これが遠近法主義の立場です。ものの見方や考え方の多様性、それは私たちが出会っている現実です。どうして認識・判断・行為は多様なのか。それぞれの関心や必要性によって、同じ事象に対しても異なった反応が生じるからとまずは言えます。遠近法の多数性は、ある意味当たり前です。そして世界とは、このような様々な遠近法が可能となる地平そのものと言えます。

 これら多数の遠近法の存在自体が遠近法主義ではありません。多数の遠近法を評価・判断できる「正しい」基準があると考えるとき、それに沿って、多数の遠近法は整理・整頓されます。多数の解釈の存在が、遠近法主義を意味するのではありません。多数の解釈を評価する「基準」は存在しない、というとき遠近法主義が登場します。

「世界は背後に一つの意味を携えているのではなく、無数の意味を従えているのだ。『遠近法主義』」(KGW Ⅷ7〔60〕)

 ただし、ニーチェは「何でもあり」といったわけではありません。では無数の解釈をどう評価・判断してゆくのか。次は、このニーチェの評価・判断をめぐる系譜学の視点を考えてみます。

マインドフルネスと現象学

 マインドフルネスが言われるようになりました。マインドフルは注意を配るというような意味ですが、マインドフルネスは今、ここに100%注意を集中すること、判断評価しないであるがままの現在を受け入れることと、言われます。現象学のエポケー(判断停止)も同じような作業とも言えます。ただ現象学では、(他者が存在し、共有する時間空間が広がっていて、外界は私たちの働きかけによって変化するという)自然的見方を検討するために、判断を停止します。

 私たちはさまざまに認識し、判断しています。「意識とは何かについての意識である」ということを根本に据えたのは、フッサールです。つまり意識は常に認識し、判断しているということです。そしてその認識・判断は、多様です。ニーチェは、そういう事態を生の遠近法と言いました。生存の状態の多様性が、認識・判断の多様性を生む。そして、それぞれの遠近法の「正さ」を評価・判断する唯一の規準はない、とも言いました。それが遠近法主義ということです。しかし認識・判断の質を、生を肯定するか否定するかで、判断・評価することはできるとも言っています。

 現象学の考え方で言うと、認識・判断の多様性は、ある判断を正しいとみなす「確信」の多様性といえます。ではなぜ自分の判断を疑い得ないと確信するのか。この確信は、単なる思いこみとは言えません。なぜなら、様々な理由から自分の判断を正しいと信じているからです。では、この確信はどういう構造を持っているのか。

 まず、判断を直接判断と間接判断に分けて考えます。間接判断とは、自分が直接に経験したことから生じているのではなく、人から聞いたり、映像で見たり、本で読んだりして、自分の直接判断と照らし合わせて、類推してできている判断です。これは疑うことができる判断です。

 これに対して直接判断は、直接経験から出来ています。疑うことが意味をなさない確信の底板のようなものがあります。これを生み出すものにフッサールは、知覚直観と本質直観をあてました。知覚は、私たちの意識が自由に出来ないものです。錯覚することはありますが、それが間違いだったと気付くのも、知覚を通してです。本質直観とは、言葉の定義と捉えておいていいと思います。

 私たちが例えば目の前のりんごを知覚するとき、それを鳥として見ることはできません。知覚対象は私たちの勝手な改ざんを許しません。そしてあるものをみて「りんご」と知覚するには、同時にそこに本質直観(それは何か)が働いています。私たちはあるものの一面しか見ていないにもかかわらず、そのものが何かを把握しているからです。

 そしてこの意識の外の世界は、他我と共に構成しているものです。これが間主観性と言われます。他人の身体(私の意識が動かせない身体)を通して他我を「私」の意識が構成し、私の意識に現れているものはまた、他者の意識にも表れていると拡張され、「同じ対象」、「同じ世界」が構成されます。かくして外の世界の存在への確信が構成されています。この直接経験の構造が、確信の底板であり、疑うことが意味をなさないものです。

 マインドフルネスは意識をリセットするために、この直接経験への意識の集中を試みているのではないでしょうか。

 アメリカではブームを超えて、批判的な観点も出て来ているようです。 

道徳的発達段階とごまかしーー森友学園問題から

 森友学園は小学校設置の認可申請を取り下げました。それに伴い、籠池泰典理事長が退任の意向を表明。

 森友学園は、昨年6月に、小学校建設用地として国有地を1億3400万円で取得しました。ところが、国有地取得金額をめぐる疑惑(地価評価額から86%引き)、認可申請に絡む複数の虚偽報告の疑いなどが明らかになって、不認可になる見込みでした。

 11日の朝のワイドショーでは、10日、大阪府教育庁の職員が現地調査に入って、20分くらいで引き揚げてくる様子が報じられていました。籠池氏は「原本を要求されたが、そのような通知は受けていなくて、書類が不備だと職員が引き上げた。なんなんでしょう」というようなことを言ってました。その後、教育庁側の記者会見では、「副理事長の籠池夫人が、うそを流しているのはお前らだろうと、調査の途中で職員たちの写真を撮り始め、止めてくれと言っても止めなかった。これではとても調査にならないということで切り上げた」と述べられていました。

 籠池夫妻は塚本幼稚園を経営していますが、ここでも保護者から二件の訴訟を起こされているそうです。教職員ともごたごたが続いていたようです。幼稚園の前で、小3の子どもが挨拶しなかったといって、副園長の籠池夫人から殴られ、警察沙汰になった問題など、ぼろぼろ出てきます。籠池氏は、理念を掲げた教育者と自己規定していると思います。高い道徳性の涵養も掲げていると思います。にもかかわらず、この「詐欺師的」状況は何なのでしょう。

 1928~30年になされたハーツホーンとメイの「ごまかし」についての研究では、どんな人も状況によって「ごまかし」を行うという衝撃的結果を導き出しました。この研究は、表面的に受け入れられた徳目が役に立たないことを明らかにしました。なぜなら、ごまかしをする人も、しない人と同じように「ごまかすことはいけない」というからです。籠池夫妻はごまかしていない、記載ミスです、で通してます。要は「ごまかしはいけない」と言っているわけです。ですから自分たちの行動はごまかしであるはずがない、あってはいけないわけです。

 しかしローレンス・コールバーグは、道徳的に成熟した人間は「正義の原理によって行動」し、ごまかしの頻度は下がることを示しました。彼によれば、道徳的成熟は認知的発達によって支えられています。コールバーグが主張したのは、文化や時代を超えて共通の道徳的判断の「形式」が存在することです。そして、道徳性には段階があることを主張しました。

 コールバーグが抽出した道徳の発達段階は、三水準六段階になります。慣習以前の水準は、快不快や物理的力から判断する水準です。ここに第一段階(罰の回避と力への絶対服従)と第二段階(物理的有用性から判断)が属します。次の慣習的水準では集団の期待に添うことが、それだけで価値があるとされます。ここに属する第三段階は対人関係の調和と善意を重視し、第四段階では社会秩序(法と秩序)の維持が正しさの基準になります。

 慣習以後の水準は、自律的・原理的レベルです。ここでは現実の集団の権威を超えて、妥当性を規定しようという努力がなされます。ここに属する第五段階は社会契約的遵法主義を志向します。第四段階と同じように法が重視されますが、第五段階では社会的効用を合理的に考えて、法を変更する可能性が重視されます。第四段階は現実の法を遵守することを重視し、どちらかというと法を固定的に考えます。

 慣習以後の水準の第六段階は最終レベルですが、ここでは普遍的倫理的原理が志向されます。聖人君子の段階で、現実にはなかなかこのレベルまでは到達できないと言われています。この段階での正しさは、論理的包括性、普遍性、一貫性に訴えて自ら選択した倫理的原理に一致する良心の決定によって規定されます。人間の権利の相互性と平等性、一人ひとりの人間の尊厳性の尊重など、正義の普遍的諸原理に従って自らの良心に従う段階です。単に我が道を行く、を基準とするわけではありません。その我が道が、正義の普遍的諸原理に従っているかどうかが問題になります。

 戦後の日本の教育では、自分で考えることが重視されるようになりました。しかし、日本社会の協調性を重視する基調と、この自分で考えるという路線は、まだまだ上手く統合されていない感があります。コールバーグの考え方を、ギリガンは文脈相対主義の観点と女性の道徳性の発達段階の点から批判しました。日本における「和をもって尊しとなす」という道徳性の問題も、ギリガンの視点から考えることができると思います。

 でも、森友学園問題は普遍性を重視する道徳の観点からも、日本的美徳(これを籠池氏は強調したはずなのですが)を重視する観点からも、ずれています。森友学園を持ち上げていた著名人は、何に共鳴していたのか。

 

h-miya@concerto.plala.or.jp